クラウド・コンピューティング
1. クラウド・コンピューティングについて
ITテクノロジーの分野で“クラウド(雲)”と言う用語はインターネットを意味する。そこで“クラウド・コンピューティング”とは、単純な意味でインターネット上のコンピューティングのことである。とはいえ、クラウド・コンピューティングを詳細に検討すると実にさまざまな形態が存在する。
クラウド・コンピューティングとは、IT機能をサービスとして提供し、インターネットを通じて複数の外部の顧客にアクセスさせるものである。厳密な意味では、Gartnerが定義するように、使用できるコンピューティング・リソースの大規模な拡張性が要件である。クラウド・コンピューティングで使用できるITサービスは、月額の定額制か使用量に応じた従量制の課金制度で支払い、インターネットを使ってどこからでもアクセスできる必要がある。
クラウド・コンピューティングが可能になった背景には次の3つのトレンドがある。(1)ITテクノロジーのコストが下がってITの活用が標準化した。(2)仮想化技術やサービス指向のソフトウェア・アーキテクチャーが台頭した。(3)インターネットの利用が劇的に高まった。この3つのトレンドによって遠隔地にあるITサービス・プロバイダーとサービスを利用する顧客とを結びつけることができたのである。
クラウド・コンピューティングの基盤は、“ユーティリティ・コンピューティング”が提供するコンピュータ・リソースである。ユーティリティ・コンピューティングとは、演算処理やストレージなどのコンピュータのインフラとなるリソースをサービスとしてユーザーに提供することである。通常、ユーティリティ・コンピューティングは仮想化とクラスタリングの技術を使ってコンピューティングとストレージのリソースに高度の拡張性を持たせ、リソースの効率的な活用と手ごろな価格で提供される。
さらに、ユーティリティ・コンピューティングは、需要に応じたオンデマンド・インフラをコントロール、拡張、構成ができるようにして提供している。ユーティリティ・コンピューティングは効率的なクラウド・コンピューティングを可能にするために必要である。こうしたインフラのユーティリティ・サービスは、主に企業が直接アクセスしているが、需要に応じて拡大できるサービスを提供するには、ユーティリティベースのインフラで提供する必要がある。
クラウド・コンピューティングの1つの形態として“サービスとしてのソフトウェア(SaaS)”があるが、すべてのSaaSサービスが “大規模に拡大可能”であるわけではない。SaaSサービスのホスト環境が拡張性を提供している場合、クラウド・コンピューティングの一部と見なされる。クラウド・コンピューティングはより広い概念である。
クラウド・コンピューティングであってもSaaSソフトウェアではないものもある。例えば、大成功を収めているソーシャル・ネットワーク・ソフトのFacebookはSaaSとは見なされないが、クラウド・コンピューティングである。同様に航空チケットを検索するオンライン・ポータルや、証券取引の口座を参照するアプリケーションはSaaSではないが、クラウド・コンピューティングの一部と見なされている。
2. クラウド・コンピューティングの市場
クラウド・コンピューティングは、大半の企業にとってまだ学術的なトピックである。現在のところ、企業には完全に理解されていないが、Gartnerは膨大な可能性を持っていると考えており、しかもその規模は電子商取引と同等であるという。
ForresterのアナリストのJames Statenが30社以上の企業とのインタビューを行った調査報告によると、クラウド・コンピューティングは小規模企業に人気があるが、大企業はあまり注目していないという。それでもクラウド・コンピューティングは、ディスラプティブ・テクノロジーであり、これを無視するのは間違いであると述べている。
Gartnerはまた、クラウド・コンピューティングが進化を遂げて完全に成熟した技術になるには多くの年数がかかると指摘している。企業が本格的にクラウド・コンピューティングを使用するようになるまで、Gartnerは5年かかると見ている。2012年までにフォーチュン1000の企業の80%が何らかのクラウド・コンピューティング・サービスを有料で利用するというのが同社の予測である。
Amazonが提供しているElastic Computing Cloud(EC2)でコンピューティング・リソースを活用している企業にNew York Timesがある。同紙は、何十年分の過去の新聞記事のスキャン画像をPDFファイルに変換する必要があった。そこでEC2を使って1,100万部の記事を処理したが、この際、EC2のノードを100台とAmazon S3ストレージ・サービスの1.5テラバイトのストレージを使って行った。同紙の見積もりでは、この電子化プロジェクトを自社で行えば14年かかったという。Amazon EC2のインフラを使ったため24時間未満で完了し、費用は240ドルで済んだのである。
EC2の試用ユーザーとしてこのほかに、店頭株式市場のNASDAQがある。NASDAQは、同社に蓄積された株式やファンドの過去のデータを販売して新たな収益源を確保ようとしていた。同社は、自社のデータベースとサーバを新しいサービス用に最適化する代わりに、AmazonのS3ストレージ・サービスを使ってこのデータをホストさせた。
ユーティリティ・コンピューティングを基幹業務ではなく主に補完技術として活用している早期導入企業がある。クラウド・コンピューティングのインフラを提供するベンダーのEnomalyの設立者でCTOのReuven Cohenによると、同社の顧客はクラウド・リソースを生産関係よりも研究開発プロジェクトに活用しているという。
同じくクラウド・インフラ・ベンダーのベンチャー企業、Elastraを設立したKirill Sheynkmanは、初期導入企業について次の特徴を述べている。(1)大きな資本投資をせずに素早く市場投入したいWeb 2.0ベンチャー企業。(2)SaaS型アプリケーションを提供したいISV。(3)営業業務の自動化や人事などクラウド用の特定アプリケーションを持つ企業。
最近、Goldman SachsがCIOを対象に2009年のIT計画について聴取した調査によると、クラウド・コンピューティングを優先課題として挙げたCIOは2%にも満たなかった。現在のところ、この技術に一番興味を示しているのは小企業である。その一方で、Dellは“クラウド・コンピューティング”を自社の商標として申請している。クラウド・コンピューティングを同社のイメージと重ね合わせてアピールする戦略である。
3. 長期的展望
コンピューティング・サービスとしてはユーティリティ・コンピューティングやサービスとしてのソフトウェア(SaaS)といった形態がすでに活用されているが、真のクラウド・コンピューティングのインフラは3年から10年先になるというのが大半のITアナリストの見解である。
クラウド・コンピューティングの目標は、提供されたサービスに状況に応じてアクセスできる完全に分散化したコンピューティング・リソースである。即ち、クラウド・コンピューティングは特定のロケーションに左右されないサービスのホスティングを提供するのみならず、ホスティングのロケーションをコスト削減やパフォーマンス向上のために状況に応じてシフトさせる必要が起きる。この目標を達成するには複雑な問題がからむため、クラウド・コンピューティングが完全に成熟した技術になるまでは相当な時間を要するのである。
クラウド・コンピューティングの重要性は、データセンターを根本的に変革できる可能性を持っていることである。理論的には、企業のITインフラが部分的あるいは全面的に不要になり、インターネットを通じてコンピューティング・リソースやアプリケーションを使えるようになるため、ITの根本的な効率化が図れるのである。
4. クラウド・コンピューティングのアーキテクチャー
クラウド・コンピューティングのサービスにはいくつかのカテゴリーがあり、クラウド・コンピューティングのベンダーは、こうしたカテゴリーを1つないし複数そろえてサービスを提供している。サービスのカテゴリーは以下の通りである。
- インフラ・サービス
アプリケーションを実行するハードウェアと仮想化レイヤーを提供するサービス。ユーティリティ・コンピューティングとも呼ばれる。アプリケーションをクラウドに移植し、インフラを管理するシステム管理ソフトが含まれる。インフラ・サービスの例に、AmazonのElastic Compute Cloud(EC2)と3teraのAppLogicがある。
- プラットフォーム・サービス
アプリケーションの開発と導入を行うサービス。ベンダーの例として、MossoのHosting CloudとSalesforce.comのForce.comがある。
- ソフトウェア・サービス
SaaSのマルチテナント型を含むベンダーホスト型アプリケーションを提供するサービス。サービスの例としてSalesforceとGoogle Appsがある。
- ウェブ・サービス
APIを使ったネットワーク上のマシン対マシン相互作用をサポートするソフトウェア・システムのサービス。このサービスはクラウド内の別のサービスからアクセスすることもできる。ベンダーの例としてAmazonのSimple Queue Serviceがある。
- ストレージ・サービス
通常、月額の使用料をギガバイト単位で支払うデータストレージ・サービス。ベンダーの例としてAmazonのSimple Storage Serviceがある。
- 統合サービス
クラウド・コンピューティングの各種サービスを統合するサービスで、最近始まったばかりである。初期の例としてOpSource Services Busがある。
クラウド・コンピューティングは、大手インフラベンダーと多くのSaaSベンダーがその役割を果たしている初期段階にある。現在のところ、企業のIT部門はこうしたクラウドベースのサービスを個別に使わなくてはいけないが、クラウド・コンピューティングの集約や統合サービスも出現している。
5. クラウド・コンピューティングの利点
クラウド・コンピューティングには次のような多くの利点がある。
- 効率性
ベンダーが広範囲のITサービスを提供するため、企業ユーザーは、ITの実装を気にせずにサービスの活用に集中できる。コンピューティング・プロジェクトに必要な資本投資がいらないため、ITの生産性が上がり、プロトタイプの開発や最終製品の投入までにかかる時間を短縮できる。
- コスト削減
顧客企業はコンピューティング施設を使えるようになるため、ハードを購入せずにCPU時間を利用でき、資本投資コストを削減できる。ホストされたアプリケーション・サービスを利用するため、IT部門はアプリケーションの保守で担当者を教育する必要がなくなり、ソフトウェアのライセンス料もいらなくなる。
クラウド・コンピューティングでは、企業は自社リソースを使って顧客の需要に応えることもできるし、需要が超過したらインフラ・プロバイダーから追加リソースを提供してもらうこともできる。これにより、自社でピーク時の負荷に対応したシステムを作る必要がなくなる。
企業のインフラを小型化し、データセンターをクラウド・プロバイダーが保有する膨大で効率的な施設に移すことができるため、企業の“グリーン化”戦略を促進できる。ストレージ・サービスを使うと、ストレージやネットワークを拡大・保守する手間なしで、データの保存や文書の保管ができる。
- リソースの拡大
クラウド内で使用できるコンピュータ・リソースを使うと、企業内のリソースよりはるかに大きな演算能力にアクセスできる。クラウド・コンピューティングは、事業として承認されていないプロジェクトのテスト環境としても活用できる。研究開発プロジェクトや優先度の低い事業などにも使える。
6. 現在の大手市場プレーヤー
- インフラストラクチャー・サービス
大手企業の中にはクラウド・コンピューティングのサービスを開始しているところがあるが、こうした企業は既存顧客のニーズに応えるためにすでに数十億ドルも投じてコアIT施設を構築しており、こうしたコアIT機能を既存顧客以外の企業に提供すれば、消費者向け市場とビジネスサービス市場の両方で収入を上げられる。
Amazonは、Amazon Web Services(AWS)と呼ぶ自社のクラウド・サービスに20億ドル超の予算をつぎ込んでいる。AWSにはSimple Storage Service(S3)、Elastic Compute Cloud(EC2)、Simple Queuing Service、ベータ版のSimpleDBと4つのサービスがある。Amazonは小企業を対象に導入コストが低く、拡大縮小が可能でITリソースの選択が可能なサービスを提供している。大手顧客のサポートには、1週7日24時間の電話サポートと品質保証のためのサービス・レベル契約(SLA)を提供している。
Amazon自身はSaaSを提供する計画はないが、SaaSベンダーがAWSをホスティング・プラットフォームにしてクラウド・コンピューティングを提供している。こうしたベンダーには、S3に基づいたデータウェアハウスを販売するVerticaやアーカイブ・サービスを提供するSonianがある。
Terremarkは、Amazonとは違ったインフラ・サービスを提供する企業である。Amazonは顧客にストレージ容量の大きさやサービスを個別に決定させるのに対し、Terremarkでは、顧客が自社専用のプロセッサ、メモリ、ストレージ、のリソース・プールをまとめて購入するシステムである。一括購入システムは費用請求が安定していてよいという顧客の反応が得られたという。基本パッケージは、月額数千ドルから用意されており、平均で月約2万ドルである。
IBMは、内部クラウド・コンピューティング環境を含む独自の“ブルークラウド”計画を発表した。同社でチーフ・エンタープライズ・データ・アーキテクトを務めるJamshid Vayghanは、2007年にいくつかのプロジェクトで内部クラウド・コンピューティング環境を使ったところ、生産性が50%向上したと述べている。
同社は、商業用のクラウド・コンピューティング・データセンターの第一号を中国南部の武威(ウーイー)に建設した。このクラウド・コンピューティング・データセンターでは、地元の半導体製造企業に仮想化コンピュータ・リソースを提供している。さらに同社は、Googleと提携してクラウド・コンピューティング市場に参入した。GoogleとIBMは、研究センターや大学など3つの拠点にハードウェア、ソフトウェア、サービスを提供してクラウド・コンピューティング設備を構築している。
IBMはまたブルークラウド計画の一環として、3億6,000万ドルを投じてノースカロライナ州にクラウド・コンピューティング・データセンターを建設した。同社が今まで建設したデータセンターの中で最も精巧なデータセンターだという。東京にも新施設を建設しているが、これはデータセンターではない。東京の施設には、クラウド・コンピューティングの専門家が常駐し、大手企業や大学、政府機関が独自のクラウド・インフラやアプリケーションの設計を行えるようにサポートする計画である。
HP、Intel、Yahooは政府機関や大学と協力し、クラウド・コンピューティングの実験や研究を行うデータセンターを6カ所構築する計画である。このデータセンターの場所は米国、シンガポール、ドイツである。
このほかにも、メモリ、I/O、ストレージ、演算能力を組み合わせて仮想データセンターの構築を計画しているインフラ・プロバイダーとして、3TeraのAppLogic、Cohesive TechnologiesのElastic Server on Demandがある。Liquid ComputingのLiquid Qも同様のサービスを提供しており、ネットワークを通じて企業IT向けに仮想化リソース・プールを使用できるようにしている。
Hypericは、Amazon.comのEC2やS3のクラウド・コンピューティング・サービスについて報告機能を提供するウェブサイトcloudstatus.comを6月に立ち上げた。Amazonには各サービスの使用可能状況を報告する機能はなく、そのパフォーマンスの質を示すデータもない。そこでHypericは、cloudstatus.comでユーザーからフィードバックを提供してもらって、Amazonのクラウド・コンピューティング・サービスの劣化が起こりそうなとき、ユーザーに警告するようにした。
2007年11月に設立されたKaavoは、クラウド・コンピューティング・インフラ・プロバイダー3社のリソースをまとめて管理するツールを提供している。Kaavoのダッシュボードを使うと、Amazon、Flexiscale、GoGridの3社のクラウド・サービスを管理できる。現在のところ、サーバーの監視と構成ができるが、次の機能として、ロード管理とパッチ管理も計画している。
小規模なホスティング企業もクラウド・コンピューティングに参加してきた。Enkiは約20社の顧客にITリソースを提供しており、Joyentは、1万社を超える顧客企業のIT業務を担っている。Joyentの顧客の大半は、Facebookのアプリケーションを開発する小規模のインターネット関連会社である。他方Layered Technologiesは、カスタマイズしたサーバーを4,500社にレンタルしている。
XCalibreは、顧客9,000社をかかえる英国最大のウエブホスティング会社に数えられる。同じくホスティング会社のRackspaceは、Microsoft Exchangeをはじめとした大型アプリケーションを顧客企業に代わって管理している。
MicrosoftはクラウドベースのWindowsを発表しており、Microsoftインフラのストレージとホスティング・リソースを使用した分だけ支払う柔軟性のある方式になるという。
- プラットフォーム・サービス
開発環境をサービスとして提供しているベンダーも多く、“サービスとしてのプラットフォーム”と呼ばれている。こうしたプロバイダーのプラットフォームで構築されたSaaSアプリケーションは、開発後も同じプロバイダーのプラットフォームでホストされてユーザーに提供される。
Salesforce.comは、インターネットでCRMを提供してSaaSのトップ企業となったが、これは企業内設置型CRMソリューションに代わるサービスとして成功を収めたのである。現在Salesforce.comは、自社のウェブアプリケーション・プラットフォームのForce.comをほかの企業に使用させてSaaSソリューションをホストできるようにした。Force.comは、もともとSalesforce CRMの追加機能を作成するために提供していた開発プラットフォームだが、Salesforceに関連のない製品の開発にも使えるようにしたのである。
同社のCEO、Marc Benioffは、サービスとしてのソフトウェアとして築いた現在の地位をクラウド・コンピューティングでも生かしたいと考えている。同社は、今後10年間でForce.comをAmazon.com、Google、eBayと並ぶユーティリティ・コンピューティングの主要サービスにすることを目標にしている。Mark Benioffは、「サービスとしてのプラットフォームはWeb 3.0世代のキラーアプリケーションになる。今後、企業は社内ITインフラへの投資を止めてクラウド・コンピューティング・サービスにどんどんシフトしていくであろう」と述べている。
2008年4月、GoogleはApp Engineという新しいサービスを立ち上げた。これはプログラム言語のPythonによる開発をサポートし、できあがったアプリケーションをGoogleインフラで500MBまで無料でホストするサービスである。500MBを超えると、“CPUコア時間”ごとに10〜12セント、ストレージ1GBごとに15〜18セントを課金する。Googleのクラウド・サービスの背景には、同社の膨大なITインフラ投資がある。同社は現在、新しいデータセンターを4カ所建設している。
Sun Microsystemsは、簡単に使えるクラウド・コンピューティングを目標とした2つの構想を発表した。Network.comは、Sun Grid Compute Utilityのコンピュータ・リソースと同社の高性能グリッドアプリケーションに使用した量だけ支払ってアクセスできるサービスである。SunでCTOを務めるGreg Papadopoulosは、「コンピュータの処理能力に対する需要は、いずれ企業内ではまかないきれないほど膨大になる。この解決策はクラウド・コンピューティングしかない」と述べている。
サービスとしてのプラットフォーム・プロバイダーのBungee Labsでは顧客にアプリケーションのホスト先を同社のデータセンターにするかAmazonのEC2サービスにするかを選択できるようにしている。機密事項を扱うアプリケーションをクラウドに置くこと心配する顧客には、Bungeeプラットフォームでアプリケーションを開発して顧客の内部ネットワークで実行できる。
プラットフォーム・サービスのソフトウェア・レイヤーのみを提供しているベンダーElastraはCloud Serverを発表した。これは、クラウド内で実行できるアプリケーションの設計、実装、導入をサポートするソフトウェアである。Cloud Serverは現時点ではAmazonのEC2インフラ・サービスでしか使えないが、すでに40社の顧客を集めている。
- ソフトウェア・サービス
ソフトウェア・サービスは多くのSaaSベンダーが提供している。なかでもSalesforce.comが有名だが、ほかにも多くのSaaSベンダーがあり、人事アプリケーションやセキュリティ・ソフトを提供している。また最近ではWorkdayをはじめとした企業がERPアプリケーションも提供し始めている。
小規模企業やエンドユーザーに絶対的な支持を得ているのはGoogle Appsである。Google Appsには電子メールのGmail、ワープロと表計算のGoogle Docs、各種のコラボレーションツールが含まれている。Google Appsを活用している企業はGeneral ElectricやProctor Gambleなどの大手を含めて50万社を超えている。さらに消費者、大学生、小規模企業の従業員1,000万人以上がGoogle Appsを使っている。GoogleとSalesforce.comは、Salesforceアプリケーションの中でGoogle Appsを使えるようにする計画でいる。
データベース・ベンダーもクラウド・コンピューティングに製品を投入し始めている。Vertica Systemsは、データウェアハウスやクエリー集中型の分析ワークロードをサポートするように設計したデータベースを提供している。それでもセキュリティをはじめとした諸問題が完全に解決するまでデータベース・サービスは限られた範囲でしか受け入れられないと見られている。
Oracleは、2005年にSiebel Systemsを58億ドルで買収してクラウド・コンピューティングに参入した。Siebelのオンデマンド型CRMアプリケーションは、Oracleのオンデマンド製品の主力製品となっている。SiebelのアプリケーションはOracleの収入のわずか3%しかないが、360万人ものユーザーをかかえる急成長分野である。
Microsoftはストレージとホスティングのサービスを開始しているが、ITの将来がクラウドのリソースに取って代わることに同社は反対すると見られる。Microsoftでチーフ・ソフトウェア・アーキテクトを務めるRay Ozzieは、「Microsoftは、企業ベースのアプリケーション、パートナーがホスティングしたサービス、クラウド内サービスにおける“調和”を提供する。Microsoftの全ソフトウェアは、大幅に再設計してこの調和を達成する」と述べている。同社はこれを“ソフトウェア+サービス”と呼んでいる。顧客は、ホストバージョンの同社のソフトウェアを選択して組み合わせることができるようになる。
2008年に発表したMicrosoftのSaaS製品はDynamics CRM Online、Exchange Online、SharePoint Onlineである。今のところ、Autodesk、Blockbuster、Energizer、Ingersoll-Randといった大手企業が顧客に名を連ねている。Coca-Colaは、2009年までにMicrosoftがホスティングしているExchange OnlineとSharePoint Onlineを3万人分購入する予定である。
- ウェブ・サービス
ウェブ・サービスとは、APIを提供してインターネットを通じて遠隔地からサービスにアクセスできるようにするものだ。金融市場向けオンデマンド型ウェブ・サービスのXigniteや、複数のデータストリームを統合・配布するStrike Ironなどからさまざまな種類のウェブ・サービスが提供されている。さらにGoogle Maps、ADPの給与計算、米国郵政公社もウェブ・サービスを提供している。
- ストレージ・サービス
ストレージ・ベンダーの大半は、バックアップやアーカイブのサービスをインターネット上で提供している。アーカイブ・サービスは、ユーザーが古いファイルをコピーしたりアーカイブ用にコピーを作って長期保存したりバックアップとして利用したりするものだ。背景には、さまざまな規制のもとで企業が多くの社内ファイルを長期間保存する必要に迫られていることが挙げられる。
クラウド・ストレージのプロバイダーは、現在のデータセンターの容量レベルを超えて拡大できるソリューションを提供する必要性に迫られると考えられる。しかもコスト効率、信頼性、パフォーマンスの高いストレージを用意して何千ものアクティブ・ユーザーを収容することになる。
EMCのCenterraは、電子メールとインスタント・メッセージの入出庫としてのストレージ・サービスである。小規模企業向けの拡張性の高いアーカイブ用ストレージ・サービスには、PermabitのEnterprise ArchiveとCopan SystemsのFile Archiverがある。
ベンチャー企業のNirvanixは、CloudNASという“サービスとしてのストレージ”を立ち上げた。現在はベータ版だが、ローカルのNASファイル・サーバとしてアクセスできるストレージである。現在、既存ファイルのミラーリングを対象にしており、アプリケーション側からもユーザー側からもドラッグアンドドロップなど普通のファイル・サーバとして簡単にCloudNASを使用することができる。
NirvanixのCEO、Patrick Harrは、「CloudNASを使えば、物理ストレージよりもずっと安いコストでバックアップやデータの移行などのデータ管理ができる」と述べている。さらに、社内ストレージは、すべてのコストを含めてもクラウド・ストレージに比べてGB単位で少なくとも5倍のコストがかかると述べている。
Nirvanixのストレージに関する報告書には、「クラウド・ストレージは、オンライン取引処理など高性能を要求されるアプリケーションでは最適とは言えない。その一方で、映像や音楽ファイル、オンライン・バックアップやアーカイブ・サービスといった膨大な量の非構造型データを保存・配布するには理想的なストレージだ」と書かれている。
クラウド・ストレージ市場をターゲットとした企業には、CleversafeとParascaleがある。2004年に設立のベンチャー企業Cleversafeは、独自のアルゴリズムで高信頼性、高セキュリティ、高拡張性のサービスを提供している。同じくベンチャー企業Parascaleは、高度な拡張性を持つディスク・ストレージを提供している。数テラバイトからスタートし、数ペタバイト(訳注:ペタバイトは約100万ギガバイト)まで拡張できる。このストレージ・システムは、大量のディスク・アクセスに対し自動的にバランスを取って使用量を調整できる。
- 統合サービス
統合サービスを提供している初期ベンダーは、主にSaaSアプリケーション間の統合とSaaSアプリケーションと企業アプリケーションの統合を提供している。この統合サービスを使うと、SaaSアプリケーションと企業の基幹システムとの隔離問題が解決する。
OpSourceは、同社が提供するSaaSアプリケーション間の統合を図るOpSource Services Busを発表した。この統合は、Boomiの統合ソフトの上に同社のサービス・バスを構築することで達成している。Boomiは、小規模企業に統合ソリューションを提供している企業である。
SaaSプロバイダーのWorkdayは、買収したCapeClearのシステム統合ソフトウェアを使って、最近、オンデマンドの統合サービスを立ち上げている。
7. 課題
クラウド・コンピューティングにはベンダーが解決しなければならない問題がいくつかある。その課題を以下に挙げる。
- 容量管理
クラウド・コンピューティングは膨大な規模でリソースを共有するため、サービス・プロバイダーはコンピュータの負荷を事前に予測するか、サービスの品質保証制度(SLA)で利用者が利用できるソース量の上限を定める必要がある。
多くのユーザーが一度にアクセスして利用が急上昇することがないとは保証できないため、リソースの設計で大幅なエンジニアリングを図る必要がある。そのためサービス・プロバイダーは別のプロバイダーのリソースを短期的に活用できるようにして、予期できない需要に応えることが必要になる。
- 信頼性
演算リソースやストレージ・リソースが限界に達してシステム障害が起こった場合に備えても、プロバイダーは完全障害が起きた場合でも、すべてのデータとインフラが複数拠点に複製されていることを証明しなければならない。
- 説明責任(アカウンタビリティー)
クラウド・コンピューティングのプロバイダーがエンタープライズ・クラスのサービスを提供するにはまだ無理がある。大企業は、安定稼動の履歴、他社の事例、セキュリティの保証等すべての問題を網羅したサービスの品質保証制度(SLA)を要求してくる。
利用企業は各種の法規制に従う義務があるため、IT処理をするクラウド・プロバイダーがどこに存在するにしろ、IT処理は顧客企業に完全に開示され、監査できるようにする必要がある。プロバイダーは、倒産したり買収されたりしても、顧客企業にデータを返還できることを保証しなければならない。
- 拡張性
高度な拡張性を持たせるためには、アプリケーションの各部分が複数のサーバーで並行処理できるように設計されてなくてはならない。しかし、並行処理をもともと考慮して設計されていない既存のアプリケーションの場合、開発会社はわざわざ再設計したがらない傾向がある。
- 相互運用性
クラウド・サービスは、クラウド・サービス間と企業の内部アプリケーションとの間で相互に運用できなくてはならない。
- セキュリティ
機密データが企業外で処理される場合、利用企業は誰がデータにアクセスできるのか、アクセス制御の方法について知りたいという。
大半の企業は、その国の法律によって個人データは国内に保持しなくてはいけないという規制に従う必要がある。クラウド・コンピューティングではデータが国境を越えて存在する可能性があるため、プロバイダーは、機密データの処理と保存を特定の管轄内に収め、その地域のプライバシー規制に準拠することを契約で保証しなければならない。
8. まとめ
クラウド・コンピューティングは、最終的には多くの企業のIT要件を満たす手法になるものと期待されている。だが、クラウド・コンピューティングがグローバルに信頼されたサービスとしてさまざまなアプリケーションやサービスで活用されるには10年ほどかかるであろう。
参考文献
Gartner: Seven cloud-computing security risks (July 2, 2008)
The Data Center: Head in the Clouds (May 15, 2008)
Hyperic To Monitor Amazon.com's Cloud Computing Availability (June 24, 2008)
Vertica Pushes Database into the Cloud (May 12, 2008)
Salesforce.com Aims to Grow into a Utility Computing Power (June 24, 2008)
Gartner Says Cloud Computing Will Be As Influential As E-business (June 26, 2008)
Demystifying the Cloud (June 23, 2008)
Cloud Computing: A Look at the Myths (April 7, 2008)
Cloud Computing: What You Don’t Know Could Hurt You (July 18, 2008)
Distinguishing Cloud Computing from Utility Computing (March 26, 2008)
What cloud computing really means (April 7, 2008)
Behind The Storage Cloud (July 7, 2008)
Cloud Computing hasn’t gone Fortune 500 yet, but it’s coming (March 10, 2008)
Cloudy picture for cloud computing (April 30, 2008)
Nirvanix puts NAS in the cloud (June 27, 2008)
IBM invests big in two new cloud-computing centers (August 1, 2008)
HP, Intel, Yahoo Join Government, Academia In Cloud Computing Research (July 29, 2008)
Tiny Firms Offer Big Computing Services (March 26, 2008)
Microsoft’s Big Plans for Hosted Services (August 1, 2008)
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2008年7月
ベンチャーアクセス編集部 Robert Burmeister
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