シリコンバレーコラム
日本人の能天気さはギリシャに匹敵、国家財政の破綻はある日突然起こる


ようやく2011年が去った。景気が悪い上に大震災。その上原発。踏んだり蹴ったりの一年だった。2012年は何とか良い年にしたい。特に年初には明るい記事を書きたい。だが考えれば考えるほど難しい。むしろ不吉な予感がする。2012年は日本国破綻の年になるかもしれない。

 先日、日系大手証券のニューヨーク・オフィスで国債の売買をやっている部長さんからトレーディングの現場の状況を聞く機会があった。一日に数十回、数百回の売買を行うトレーダー達は、その瞬間瞬間の相場観で売買を行う。その日に発表される経済指標が「自分の相場観」より良ければ売りに走り、悪ければ買いに走る。たとえば、自分はアメリカの失業率の数字が8.7%と予想していたのに、8.5%であれば売りに動くし8.9%であれば買いに走る。経済指標の好転→株価上昇→金利上昇と連想するからだ。

 皆が買いに走って価格が高くなりすぎたと見れば、売ってポジションをスクエア(買いのポジションと売りのポジションを同額にすること)に戻す。こういうことを一日に何回も繰り返す。彼らにとって関心があるのは、売買で儲けることだけだ。ギリシャの国債が危ないとなれば徹底的に売り込むし、EUの首脳がギリシャの救済がありうると示唆すると買い戻す。そこにはマクロ経済云々と言った理論が入り込む余地がない。彼らは単なる「相場師」である。

 筆者は質問をした。日本国債が先物取引やCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)のようなデリバティブ(金融派生商品)を使って、突然売り込まれることがあるのかと。それは「ありうる」との回答だった。「今は欧州危機に目を奪われているが、これが終焉したら目が日本に向くかもしれない」と。

 GDPに対する国家債務の比率(IMF資料、2010年時点) は、日本が220%、ギリシャが142%、イタリアが119%、米国が94%と日本がダントツの一番である。日本がいまだに標的にされていないのは、利回りが低いにもかかわらず国内の買い圧力が高いためと、減少傾向にあるとはいえ経常収支がまだ黒字だからだ。だが状況が変わり「日本国債は危ない」という相場観を持たれてしまうと、一気に売り込まれる。国債の価格は暴落し、金利は跳ね上がる。

国債が暴落するとはどういうことか。額面1万円、金利1%で発行された国債が売り込まれて5000円になったら流通利回りは2%に上がる。5000円で購入した人は100円(1%の金利)をもらえるからである。そして一旦国債価格が落ちて利回りが上がると、それ以降に発行される国債は新しい金利水準で発行される。古い金利で発行すれば誰も買わない。既に発行されている国債のほうが流通利回りが良いからである。

 いま国債の金利は1%以下の超低金利になっているが、金利が跳ね上がったら日本政府はデフォルト(債務不履行)に追い込まれる可能性が高くなる。日本国債の発行残高は約1000兆円に達する。1%の金利上昇で10兆円の金利負担増になる。5%の金利上昇で50兆円の負担増になる。だが、発行金利を決めるのは日本政府ではない。市場である。

 新聞報道を見ていると、予算のすべての項目は日本政府が決められるような印象を与えるが、政府が決められない予算項目があることを忘れてはならない。昨年の欧州の金融危機を見ると、ギリシャは30%の金利をつけても買い手が付かなかったし、イタリアは7%でようやく買い手が付いた。その間に政権は何度も交代した。投機筋が満足できる「財政規律」を提示できなかった政権は市場からNOを突きつけられて退陣した。

 来年度予算の税収は42兆円しかない。歳出は昨年並みの90兆円を見込んでいる。その差額のほぼ全額を国債の発行で賄う計画である。今年の新規国債発行額は44兆円と前年比横ばいを見込んでいる。歳出そのものを削減する努力はカケラも見られない。

 その上、公表された歳出総額90兆円には災害復興費用3.8兆円は計上されておらず、年金関連の費用2.6兆円も計上されていない。特別会計だとか、年金交付国債だとか訳の分からない説明が出てくる。こうした小細工をした上で、政府は前年の予算規模を若干下回っていることを強調するが、実態は96兆円を超える過去最高の予算である。

 財務省は国民に安心感を与えるためにこのような粉飾予算をやっているのだろうが、これは国内では通用しても海外では通用しない。ギリシャは2010年に前年度の財政赤字額を過少計上していることがIMFの検査で発覚した。この発覚を機に投機筋から国債が売り込まれ、国債の流通利回りは30%に跳ね上がった。今回のような小細工で日本国民は騙せても、相場師は騙せない。

海外から日本の来年度の予算編成を見ていると、際立った温度差を感じる。国家財政は火の車なのに、日本国民はいまでも国家が助けてくれると思っている。災害復興費は出て当たり前。原発事故の被害者に東電が支払えなければ国が支払って当たり前。国民が「まだ大丈夫だ」と思うのは、政府が国家財政の危機を正直に国民に語っていないからだ。

 あるとき突然国債が暴落すると、政府は国民への約束を履行できなくなる。災害復旧費は出ないし、東電も救済されずに倒産する。一部の世論は日本の国債発行残高が1000兆円になっても、国民の総貯蓄が1400兆円あるから大丈夫と見る。だが、1400兆円は国民のものであって、政府のものではない。国民の1400兆円は金融機関と年金基金に預けられている。

 国債が暴落したら、大量に日本国債を買い込んだ日本の金融機関と年金基金は、保有している国債の評価損を計上しなければならなくなる。自力で評価損を計上できない金融機関は直ちに危機に立たされる。年金基金で解散を余儀なくされるところも出てくるだろう。

 日本政府は「国債の90%は国内消化しているから大丈夫だ」と説明するが、投機の対象となったスペインでもイタリアでも国債の過半は国内消化している。それでも投機に見舞われた。先物で売られ、CDSで売られたらもはや対抗手段はない。国内消化比率の高さは国内的な説得材料にはなっても、投機筋には通じない。

 今回政府は消費税引き上げ時期を「2014年4月に8%、2015年10月に10%」とする素案を決めたが、歳出そのものの削減に取り組んでいる様子はない。消費税の引き上げに反発して民主党を離党する議員も出た。だが、国際的に見れば10%に引き上げても日本の消費税率は世界最低水準である。

 ギリシャでは23%、イタリアは20%、ポルトガルは23%、アイルランドは21%(2014年には23%)、スペインは18%。投機筋に狙われていない英国でも20%、フランスは19.6%、ユーロ圏で最強のドイツでも19%である。日本の消費税はあまりにも低い。社会保障を欧州並みにしたいのならば、20%までの引き上げを遠からず実施すべきだろう。

消費税を1%上げれば2兆円の増収になると言われている。今の5%を20%に引き上げると30兆円の増収になる。本来の税収とあわせて70兆円を超えれば、相場師が仕掛けてくるリスクは相当減らせよう。だが、8%では6兆円、10%でも10兆円の税収増にしかならない。それも今から2年後、3年後である。投機筋が突然「売り」を仕掛けてくる余地は残っている。

 政権は国民の批判を恐れてはならない。最悪事態がありうることを素直に国民に語るべきだ。新聞報道が「政府の粉飾予算」を厳しく批判しないのは何故だ。90兆円の予算ではなくて、96兆円の史上最悪の予算なのだ。なぜ肝心なときに政府のインチキを攻め立てないのだ。

 債務問題に苦しんでいるのは日本だけではない。欧州もアメリカも苦しんでいる。欧州ではアイルランド、ギリシャ、ポルトガル、イタリア、スペインが投機筋に狙い撃ちされて国債が暴落した。国家債務のGDP比率が日本よりは低い国ばかりである。ギリシャ以外の問題国は、歳出を大幅に減らし、厳しい財政規律を導入した。ギリシャでは財政規律の受け入れを国民が拒否したために破産状態になっている。

 欧州危機が発生してからドイツには70兆円の資金が流れ込んだ。投機筋が問題国の国債を売却してドイツ国債を買ったからだ。今回ギリシャにユーロ圏各国が協調支援する総額は21兆円程度だ。ドイツ一国で支援することは十分可能なはずだ。だがドイツのメルケル首相は「財政規律」を条件にしなければ支援しないと頑として譲らない。いま、ギリシャは年金の14%削減、公務員の15万人削減を強いられている。

 アメリカは昨年8月に米国債がデフォルト(債務不履行)になる一歩寸前まで行った。日本よりははるかにマシな状況であるにもかかわらず、国家の債務限度の引き上げに議会の承認を要するという規定があり、野党共和党が時間ぎりぎりまで引き上げに反対したからだ。公務員は給料の不払いを懸念し、年金受給者は年金の不払いを恐れパニックに陥った。格付け機関はこの状況を見て米国債のAAAを剥がした。

 米国には国家の債務が増えてくると自動的にブレーキをかけるシステムがあるが、日本にはそれがない。国民皆保険はオバマの選挙公約であったが、税金を使って国民皆保険を導入したオバマ政権の母体の民主党は、2010年の下院議員選挙で大敗してしまった。オバマ大統領はそれ以降「財政規律」に十分配慮した政策を行うようになった。

日本の政治を見ていると、与党野党ともに「財政規律」を声高に言わない。米国では民主党が国家債務を増やそうとしたら共和党がブレーキをかけた。欧州ではギリシャの安易な救済にドイツがブレーキをかけた。日本では、誰もブレーキをかけてくれるところがない。

 投機筋に狙われる理由は数え切れないほどある。国家債務のGDP比率は世界ダントツの一番。消費税を10%にするのさえ大騒ぎする政党と国民。債務規模が1000兆円に達しても危機感の乏しい政党と国民。投機筋に一旦狙われたら直ちに国家財政は破綻する。

 だが、1000兆円の債務はあまりに大きすぎて他国が支援できる範囲を超えている。欧州が危機の再発を防止するために設立した基金の規模は100兆円だ。桁がひとつ違う。IMFの指導の下に財政再建を行うにしても自力でやらざるを得ないだろう。

 1000兆円の債務は5%の利回り上昇で50兆円、10%の利回り上昇で100兆円の負担増になる。ギリシャのように30%になれば300兆円の負担増になる。利回りが大きく上昇したら、国家がどんなやり繰りをしても予算を組めなくなる。一気にギリシャ状態になる。

 日本政府は今回の予算編成で欧州危機から何も学んでいない。国内論理だけで進めている。こんな内向きの国家は世界でも例を見ないだろう。消費税の10%引き上げを実現できなかったら、「財政規律」を無視した国として相場師に狙われるだろう。この程度引き上げで国民が反対したら、ギリシャ国民以下である。ギリシャの消費税は既に23%である。

 ギリシャと同列に扱われてよいのか。日本はつい一昨年まで世界第二位の経済大国として、世界の賞賛を集めた国ではなかったのか。それがわずか二年で破綻国家になって良いのか。かつての資本主義の優等生が、世界の問題児になって良いのか。

 ドイツは戦後の荒廃から立ち直って欧州のリーダーになった。日本も戦後の荒廃の中から立ち上がった。日本人の気魄と誇りは何処へ行ったのだ。日本人はドイツ人かギリシャ人か?

 今からでも遅くない。目の前に迫った財政問題に真摯に取り組んで、「底力のある国家」であることをもう一度世界に示そうではないか。

 


カリフォルニア州メンロパーク市にて
安藤 茂彌
ダイアモンドオンライン「シリコンバレーで考える」に掲載(2012年1月18日)