シリコンバレーコラム
日本のベンチャーキャピタル再生への道

夏休みを利用して日本から多くの若者がシリコンバレーを訪問してくるようになった。大学生もいれば、会社の制度を利用して短期研修の名目で訪問してくる20代のサラリーマンもいる。拙宅を訪問してきたのは、東大を出て外資系のコンサルティング会社に勤めている20代の青年である。ベンチャーキャピタリストになりたいという。私は言下に言い放った。「やめろ」。

制度が違う、文化が違う。シリコンバレー・モデルと日本のベンチャー・キャピタルのビジネスモデルはあまりにかけ離れている。何が違うのか?リスクに対する行動がまるで違う。

日本ではリスク分散を基本として、他のVCと横並びでおっかなびっくりで投資する。シリコンバレーではリスクを果敢にとって、狙いを定めたベンチャーに巨額な投資をする。時には、他のベンチャーキャピタル(VC)からの投資を押しのけて、リスクを独り占めしようとする。すべてのVCがこういう行動を取る訳ではないが、資金量の豊富な最有力VCが往々にしてこうした行動に出る。

例を示そう。いまは本屋の代名詞になったAmazonの創業期の話である。インターネットで書籍を販売する着眼点はよかった。だが事業を始めてみると、書籍の配送センターを作らなければならないし、短期間で郵送するシステムも組み込まなければならない。膨大な設備資金が必要になった。

Amazonの創業者Jeff Bezosは早い時期から、当地の有力VCであるKleiner Perkins(正式名称はKleiner Perkins Caufield & Byers)のパートナーJohn Doerrに支援を求めた。1972年創業の同VCは今までに、Sun Mirosystems、Electronic Arts、Genentech、Intuit、AOLといった多くの企業に投資してきている。John DoerrはJeff Bezosの創業者としての才能を見抜き支援することにした。そのときにDoerrはBezosに他のVCを参入させないように釘を刺したという。

1994年に創業したAmazonは97年にIPO(株式公開)し、トントン拍子で事業を拡大していった。そこで2000年にインターネット・バブルが崩壊した。Amazonのようなドットコム(インターネット上で商売をするベンチャーの総称)は軒並み倒産した。そうしたなかでもKleiner PerkinsはAmazonの事業を支え続けた。Kleiner PerkinsがAmazonに当初投資した株式の価値はその後(99年ピーク時)で550倍になった。

もうひとつの例を挙げよう。Kleiner PerkinsとSequoia Capitalは99年にGoogleに投資した。GoogleはVCからの投資にあまり乗り気でなかった。VCは投資した資金の回収を急ぐあまり、経営に口出ししてくる。時として社長の首を挿げ替えることもある。Kleiner PerkinsとSequoia Capitalはともに、自社だけから投資を受けるように強く働きかけたという。ベンチャーを独占コントロールして有利に資金回収を図りたいからだ。

しばらく膠着状態が続いた後、VC側が折れてきた。Kleiner PerkinsとSequoia Capitalの両社が出資することになった。だが両社は出資の条件として、事業経験の豊かな経営者を外部から引っ張ってきてCEO(最高経営責任者)にするように申し入れた。直前までスタンフォード大学の大学院生だった創業者Larry PageとSergey Brinは、当初これに反発したが受け入れることにした。

両VCはSun MicrosystemsのCTO(最高技術責任者)とNobelのCEOを歴任したEric Schmidtを引っ張ってきてGoogleの会長兼CEOに据えた。Kleiner PerkinsとSequoia CapitalがGoogleに投資した株式の価値はその後2008年のピーク時には約1000倍になった。

VCが一社投資に拘る原因のひとつは、金融業としてのVCのビジネスモデルが極めて不安定であることに由来しているように思う。ひとつは流動性の問題がある。VCがベンチャー企業を支援するのは株式取得による出資になる。未公開株式なので市場で売却できない。担保もない。出資先企業が倒産すれば全損を蒙る。IPOで公開株になるか、M&Aで買収企業の公開株式と交換になって、株式が自由に売れるようになるまでは現金化できないのである。

もうひとつは全損率の高さにある。ベンチャー企業は若い企業なのでよく倒産する。ある統計によると、6年経つと63%が倒産し、10年経つと91%倒産する。仮に10億円の資金で、10社に均等に投資すると9億円は全損になる。残る1億円が10倍で回収できたとしても元手の10億円が帰ってくるに過ぎない。

VCは10倍で回収した10億円から20%を成功報酬として差し引く。VCに資金を預けた機関投資家は8億円しか帰ってこない。13倍でようやくリターンがプラスになる。高リターンを出すには、最低でも数10倍のリターンが必要である。VCの投資資金は機関投資家(年金基金等)から投資を受けている。機関投資家に継続的な高配当を実施し続けなければ、次回のファンドレイズ(機関投資家から投資資金を預けてもらうこと)が出来なくなる。

弊社はVCのリターンを定期的に調査しているが、環境如何で激しく波がある。2009年末時点で過去3年間の平均リターンは-0.3%で、5年で4.3%と少ないが、15年に引き伸ばすと37.8%になるが、20年だと23.4%に落ちる。どの期間を取るかで大きくぶれる。個々のVCでマイナスが続くと機関投資家から継続的な投資資金を調達できなくなる。VC会社は現在700社ぐらいあるが、ピーク時と比較すると3割も減っている。淘汰の激しい業界である。(全米VC協会資料)

銀行のビジネスモデルと比較してみよう。銀行の主たる支援形態は貸出金である。多くの場合に担保を取る。従って全損にはならない。だが、収益率も低い。利ざや(貸出金利率と預金利率の差)は2%未満である。そのなかから経費を賄い、回収不能分を償却する。銀行の取引先件数が膨大な数に上るので、回収不能率はかなりの確度で統計的に予測できる。

他方、VCではそういう計算が出来ない。「勘」と「経験」で勝負するしかない。また、ひとつの事業領域に複数のベンチャー企業が林立した場合、生き残れるのは1社か2社である。生き残りの確率を読みきること不可能に近い。即ち、VC投資は全損の確率が高いにもかかわらず、成功確率を科学できない事業である。

この業界にはもうひとつの特色がある。老舗といわれているトップVCに成功確率の高い案件が集中することだ。ベンチャー企業は知名度の高いVCから投資を受けたがる。そうすると「箔」がついて他のVCから資金が得やすくなる。知名度の低いVCはトップVCが関心を示さないベンチャーに投資せざるを得ない。その結果、トップVCのリターンは途轍もなく高くなるが、その他のVCは低いリターンに甘んじることになる。

Kleiner Perkinsは72年の創業以来約500社に投資してきたが、そのうち150社以上がIPOしているという。1/3が上場に漕ぎ着けているのは驚異的である。同社は未上場企業なので投資リターンを公表していないが、業界平均を遥かに凌ぐ成績であることは容易に想像できる。だからKleinerは今まで機関投資家からの資金調達に苦労したことがない。

これほどの高い収益を上げていながら、Kleiner Perkinsの本社は木造一階建ての小さな古ぼけた建物である。パートナーは30人ほどいるが常時出勤することはない。時たま会議をしたり、顧客に会ったりする空間があればよい。間接部門も財務・総務・経理を合わせて10 名以下だろう。人影もまばらでこれが天下のKleiner Perkinsの本社とはとても考えられない風情である。

VCの殆んどはLLC(有限責任のパートナー組織)であり、会社の収益は持分に応じてパートナーに帰属する。儲けはLLCに残さず、その年度内にパートナーで山分けしてしまう。パートナーがその分の税金を支払い、VC自体が税金の支払う義務者になることない。

投資決定プロセスは外部には漏れてこないが、ほんの数人のパートナーの判断で意思決定していると考えられる。だから意思決定も素早い。これを合議制にしていたら議論百出で、大胆な決断は出来ないだろう。資質の高いパートナーが「勘」と「経験」で意思決定をしているところに特徴がある。

アメリカではベンチャー企業に勤めて経験を積んでVCに転向する人を良く見かける。John Doerrは70年代にインテルの社員だし、Bill JoyはSun Microsystemsの創業者だし、Ray Laneは Oracleが大企業になる前の社長だった。バブル華やかなころ、ビジネススクールでMBAを取ったばかりの学生がVCを設立するのが流行ったが、こうしたVCはすべて潰れた。

Kleiner Perkinsのパートナーとして顔を並べる外部人脈も凄い。前副大統領のAl Gore、前国務長官のColin Powell、eBayの社長からカリフォルニア州知事選に出馬して落選したMeg Whitman、インターネット時代の到来を早くから予言した元Morgan StanleyのMary Meeker。こうしたネットワークがあるから、有力な情報が自然と入ってくるのだろう。

日本のVCはあらゆる面でアメリカのVCとは正反対である。日本のVCの多くは大手銀行・証券の連結仔会社である。社長は親会社から派遣されて、親会社の「リスクをとらない文化」を持ち込む。投資案件は投資委員会で合議される。コンセンサスを得る過程で、リスクを詰め切れない投資案件は捨てられ、リスクが少ない無難な案件にゴー・サインが出る。ましてや丸抱えをするような案件にOKが出ることはない。みなサラリーマンだから怖いのだ。

日米のVCを比較してみると次のようになる。

 日本VC米国VC
会社形態大手金融業の連結子会社独立非公開のLLC
意思決定プロ・ノンプロの合議制少人数プロの単独決済
投資リスクリスク回避果敢なリスクテイク
収益性低い業界トップとそれ以下の二極分解
人材親会社派遣者と準プロの混成実務経験の長いプロ集団
間接人員多い?極端に少ない

米国でもVCの歴史は短い。老舗でも創業は70年代だ。注目されだしたのはここ20年ぐらいだろう。90年代以降にIT革命の旗手となった企業は皆VCから支援を受けて大きくなったからだ。こうした米企業に負けた日本企業の殆んどが、戦前に創業した企業ばかりである。大企業優先の行政指導が長年行われた結果、元気印の若い企業が極端に少なくなってしまった。企業の新陳代謝を進めるために、VCは重要な役割を担っている。

そのVCが日本の企業文化で運営されているところに大きな問題がある。これでは日本企業と一緒に沈没していくしかない。大胆な発想の転換が必要だ。日本のVCに再生の道はないのか。筆者の頭に浮かんでくるのは、プロが集まって現在の会社をMBO(マネジメント・バイ・アウト)として独立系の非公開会社にすることではないだろうか。そしてプロに任せた運営をすることだ。コンセンサス経営からきっぱりと離別することだ。

こうした大胆な発想の転換が支持されるようになれば、日本のVC業界は活気を取り戻せるだろう。そうすれば私のアドバイスも変わる。「やめろ」ではなく「やれよ」。いや「大いにやれよ」。




カリフォルニア州メンロパーク市にて
安藤 茂彌
ダイアモンドオンライン「シリコンバレーで考える」に掲載(2011年8月29日)