シリコンバレーコラム
シリコンバレーではインターネット・バブルが既に始まっている

このところシリコンバレーは賑やかである。ここに本拠を置くベンチャーが続々とIPO(上場)に成功しそうな雰囲気が漂っているからだ。先月SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)のLinkedInが89億ドル(約71億円)で上場した。近々ゲームのZyngaが上場する噂である。では次はどこか?FacebookかTwitterか?憶測が憶測を呼び、途方もない高値が飛び交っている。

筆者は1996年にシリコンバレーに来た。丁度インターネット・ブームの始まりの時期だった。Netscapeが最初のブラウザを世の中に出し、Yahooが検索エンジンを世に問うた直後だった。「これからはインターネットがあれば何でも出来る。もう店舗(Brick & Mortal)は要らない。」が合言葉だった。インターネット上で出来る商売を次々に考え出し、多くのベンチャーが誕生した。

しばらくして、事は「そう単純でない」ことが分かってきた。物流の絡む商売では物流センターを建てなければならない。配送する輸送手段も確保しなければならない。商品の出口の部分がインターネットであっても、そのほかは普通の商売と変わらない。物流センターやインフラ投資に膨大な資金を投入した、長期間赤字決算を押し通して、辛うじて生き延びたのはAmazonだけだった。それも黒字化を果たしたのは設立後8年経った2005年であった。

では物流の絡まないインターネット上のサービス業はどうやって収入を得るのだ?ウェブサイトへのアクセス数が多ければ広告で収入を得ることが可能だ。多くのベンチャーは広告収入をあてにしたビジネスモデルで商売を拡大しようとした。だが、世の中はそうは甘くなかった。当時インターネット広告は少なかったし、運よく広告主に辿りつけたとしても収入は微々たるものだった。殆んどのベンチャーは2000年代初頭に姿を消した。

2004年にはGoogleがIPOして、検索を広告に効果的に結びつけるビジネスモデルで大成功しし一時代を築いた。そしてその後にSNSの時代が到来した。最初はMySpaceのほうが先駆者だったが、いまではFacebookが一大王国を築きつつある。それにTwitter、LinkedInが続いている。最近上場したベンチャーの実績と予想をまとめると次のようになる。

上場時期企業名業種時価総額($)売上高($)損益
5月LinkedInSNS89億2.4億赤字
6月Pandora Mediaネットラジオ40億1.3億赤字
近々Zingaゲーム*200億6億1億
近々Grouponクーポン販売*200億7億赤字
来年早々FacebookSNS*800億不詳赤字
未定Twitterミニブログ*80億2億赤字
(註)*印は予想値。これから上場するベンチャーは財務情報を公開していないので、
  売上高、利益は新聞等の報道する数値を採用した。

こうした事態を前回のインターネット・バブルと比較するとどうなるのか。前回のバブルは95年から徐々に始まり、2000年3月にピークを打って破裂した。主要銘柄の公開当日の株式時価総額は次の通りだった。

上場時期企業名業種時価総額($)売上高($)損益
96年3月Yahooポータル8.5億1.4億赤字
97年5月Amazon書籍販売4.75億1.4億赤字
98年9月eBayオークション19億5.7億赤字

売上が小さくて、利益が赤字でも時価総額が大きいのは前回と同じである。前回と大きく違うのは、公開時の時価総額の大きさである。YahooやAmazonと比べて桁が一桁違う。eBayが二桁で公開したのはバブルの崩壊する一年半前だった。Facebookの公開時の予想時価総額は驚異的である。三桁は前回のバブル時にも数社に発生したが、公開時ではなかった。本当にこの時価総額で上場できるのか?この価格で本当に公開できたら途方もない大バブルになる。

こうしたベンチャー企業を上場させているのはVC(ベンチャーキャピタル)である。なかでもLinkedInを上場させたSequoia Capital、Facebookに投資しているAccel Partnersが突出した成果を収めている。彼らがどのようにして驚異的な時価総額を演出できたのだろうか。

最近注目される現象は、VCが上場間近い有望ベンチャーの株式を少量だけ第三者に売却し、その時の企業価値を実績として計上し、上場したときの予想上場価値を押し上げていくやり方である。昨年11月にAccel Partnersは少数の手持ちFacebook株を第三者に売却した。そのときのFacebookの企業価値は350億ドルだった。同社のその後の成長を加味すると今のFacebookの企業価値は800億ドルでもおかしくないとなる。

Twitterは最近2億ドルの私募債を発行した。そのときの主たる投資家は当地の最有力VCのKleiner Perkins Caufield & Byersであったが、当社はTwitterの企業価値を37億ドルと算定した。その後Twitterは急速にアクセス数を増やしているので、70億ドルもおかしくないとなる。

VCが投資先に株式を売却して利益を実現する前代未聞の動きも出ている。Twitterは近々8億ドルの増資を行うという。ここで調達した資金のうち半分を既存の投資家(VC)への配当と、従業員のストックオプションの一部買取に使う予定である。このことによって既存の投資家は今までの投資分を実現して利益を確定できるし、従業員も大きな現金を手にできる。

もうひとつ例を挙げよう。VCのUnion Square VenturesはZingaに累計160万ドル投資しているが、その一部を458万ドルでZingaに売却している。Union Squareはこれによって元手の3倍の利益を上げている。売却後もZinga の発行済み株式の5.5%を所有しているので、上場後に例え株価がゼロになったとしても元手の3倍の利益は確定していることになる。

ベンチャーの上場で誰が儲けているのか。一般的に言うとバブルのときに大儲けをするのはインサイダーだった。インサイダーとは、ベンチャー企業に投資するVC、VCに巨額の資金を預けて運用する機関投資家(たとえば年金基金)、ベンチャー企業にIPOさせて巨額の手数料を稼ぐ投資銀行(たとえばMorgan Stanley、Goldman Sachs)といったプロ集団だった。

だが、VCと機関投資家は儲けたあと後遺症に苦しんだ。この国には、インサイダーは投資先のベンチャーが上場後180日間は手持ちの株式を市場で売却できないというSEC(証券取引委員会)規制がある。前回のバブルの時には、この規制のおかげで高値で持ち株を売却できずに損失をこうむったVCが多く出た。なぜならこうしたバブル株式は180日経つと株価が上場時の半値以下に値下がりするケースが多いからだ。

VCはこうした反省にたってFacebook、Twitter、Zingaといった企業価値が異常に高くなった銘柄について一部持ち株の上場前売買を行って利益を確定させているのではないか。これはVCがバブルの崩壊を先読みして保身に回っているように見える。

プロ集団が大儲けをした反面、大損をしたのは素人の一般投資家だった。彼らのなかには一日に何回も上場直後のベンチャー株式を売買するデイ・トレーダー(Day trader)と呼ばれる集団がいた。上場直後には株価が乱高下するので、ごく短期間に大きな利益を上げることもできるからだ。だが、「まだ上がるだろう」と言う期待感で売り遅れると大きな損失をこうむる。自宅を抵当に借り入れして投資額を膨らませていったデイ・トレーダーは悲劇だった。

今回の上場ブームにもデイ・トレーダーが参加していると考えられる。5月に上場したlinkedInの株価は公開日当日に上場価格の二倍の価格をつけてその後大きく下げた。こうした乱高下はデイ・トレーダーの参加がなくては起きない現象である。

当地の不動産売買にもバブル現象が起きている。筆者の住む隣町のPalo Altoではこの4月に190万ドル(約2億3000万円)で戸建ての不動産を売却しよう競売にだしたところ、270万ドル(約3億3000万円)で落札された。しかも全額現金での支払いだった。売値以上の価格で落札するのは前回のバブル当時と同じ現象である。

今の現象はインターネットバブルの再燃か?米国のジャーナリズムもバブルと断定しているのは少ない。だが、筆者の実感として「バブルは既に起こっている」。その証拠にインサイダーのVCはバブル破裂を前提に投資利益の確定に走っているではないか。思わぬ大金を手にしたベンチャー企業の社員が不動産を提示された価格以上で買おうとしているではないか。これがバブルでないとしたら何なのか。

バブルとは特異な現象である。バブルの真っ最中には、「これで自分も大金持ちになれるかもしれない」「日々の生活にあくせくしなくて済む」とひたすら幸福感(Euphoria)に包まれる。誰も「これがバブルだ」とは思わない。バブルが破裂して「あれがバブルだった」と振り返る。人間の心理は昔から変わっていない。本誌の読者には一足早く届けよう。「シリコンバレーではもうバブルが始まっている。」




カリフォルニア州メンロパーク市にて
安藤 茂彌
ダイアモンドオンライン「シリコンバレーで考える」に掲載(2011年7月26日)