シリコンバレーコラム
「有望な技術はヘルスケア、IT、ナノテクの交差点から出てくる」
 とオバマ政権のスタッフは語った

シリコンバレーの会員制勉強会Churchill Clubは毎年その年の10大テクノロジートレンドを占う会合を開催している。昨年の会合はシリコンバレーの著名人が顔をそろえたが、目新しいトレンドの指摘が少なく不評だった。それを意識してか、今回はやり方を大きく変えた。今年で13回目を迎えるこの会合には大手IT企業、バイオ関係者、クリーンテク関係者等が参加した。

当地のシンクタンクSRI(Stanford Research Institute)の社長Curt Carlsonが10大トレンドを発表し、それにパネリスト4人が賛成・反対の意思表示をし、最後に会場の聴衆が賛否を表明する形で行われた。聴衆一人一人に採点を投票するワイアレス端末が配られた。1点(大反対)から10点(大賛成)のレンジで、7点から10点までの投票数を賛成票とみなして、電子集計の結果を会場の大画面に表示した。アメリカらしい言論デモクラシーである。

今年の会合の大きな目玉は、アメリカ政府のCTO(最高技術責任者)と呼ばれるAneesh Chopraがパネリストの一人として参加したことである。彼はオバマ政権のスタッフとして米国の技術開発に大きな影響力をもつ人物である。ジョンホプキンス大学で学士を取り、ハーバード大学の行政学大学院(Kennedy School )で修士を取ったインド系アメリカ人である。

彼は30分遅刻して会合に参加した。開口一番こう言った。「これからの米国経済の大きな成長機会はヘルスケアとITの交差点にある。ITを使った健康管理サービスが普及することによって、医療情報のデジタル化を促し、医療の質を向上させ、健康保険を扱う民間保険会社の変革を促し、その結果として健康保険料の増高を抑えられるからだ。」まさにオバマ政権が最も推進したいと思っている医療改革をテクノロジーの側面からサポートする発言であった。

総合司会はいつものTony Perkinsである。かつてRed Herringと呼ばれるベンチャー専門誌を発行し、シリコンバレーに幅広い人脈を持つ有名人である。Aneeshのこの発言の後、Tonyが「それはヘルスケアではなく、オバマケアではないのか」と皮肉を述べて、会場は爆笑に包まれた。

ほかの3人のパネリストは、シリコンバレーの代表的なベンチャーキャピタリストであるSteve Jurvetson、未来預言者として定評のあるPaul Saffo、それに今回初参加のAjay Royanである。Ajayはアブダビで育ちイエール大学で学んだユニークな経歴を持つようであるが、シリコンバレーでの知名度ゼロの謎の男である。風貌から見るとインド系ともアラブ系とも見える。筆者にはなぜこのような人物がパネリストとして登場したのか理解に苦しむ。

筆者の疑問はさておき、会合は熱気に包まれながらも淡々と始まった。SRI社長Curt Carlsonが提示した10大トレンドは以下の通りである。ここでは発表順ではなく聴衆の賛成票が多かった順に表示した。

1 真の(True)ソーシャル・ネットワーク

今のソーシャル・ネットワークは友人、見知らぬ人、販促手段として利用する企業がごっちゃ混ぜに参加する状況になっている。これからの新しいソーシャル・ネットワークは信用しあう者同士がオンラインで結ばれる「真のソーシャル・ネットワーク」が発達してくるだろう。

パネリストの過半数は反対に回った。反対意見は、「人間というのは新しいものが出てくると好奇心から飛びつく。これが世の中の進歩を支えてきた。だが、友人が3000人もできてしまう今のソーシャル・ネットワークは馬鹿げているとしか言いようがない。一方で、ソーシャル・ネットワークは後進国では民主化の道具として、ものすごいスピードで広がっている。今のソーシャル・ネットワークに代替するような別のソーシャル・ネットワークが、近々出現するとは考えにくい。」というものだ。

別の反対意見は、「企業の採用担当者は就職希望者のバックグラウンドを調べるのにソーシャル・ネットワークを利用するようになった。そこで70%の採用合否が決まる。離婚専門弁護士は顧客から離婚相談があると、本人と相手方の異性関係をまずソーシャル・ネットワークで調べる。それは今のソーシャル・ネットワークがあるからこそできるのだ。」

賛成意見はAneesh一人で「医師間で患者情報を交換するのに、たとえ暗号化してもインフラが信用できないので、普通のネットワークは使わない。その代わりに用途を絞った信頼できる有料のTrusted Communicationが使われ始めている。」として賛成意見を述べた。パネリストは反対が多かったが、会場の反応は賛成80%であった。


2 イノベーションの流れ

中国、インド、韓国といった新興成長国がイノベーションの流れを大きく変える。以前のイノベーションの流れはシリコンバレーから新興国への流れであったが、今後はシリコンバレーが新興国から学ぶ流れになるだろう。

パネリストはおおむね賛成に回った。シリコンバレーが中国・インド、韓国から学ぶ流れはすでに始まっている。ただ、イノベーションにも色々ある。ゼロから1を作るイノベーションと、1から10を作るイノベーションがある。前者は引き続きシリコンバレーが担うだろうが、後者の多くは新興国へ移行するだろう。その結果、従来のようにシリコンバレーだけが突出した状況から、シリコンバレーを含むグローバルネットワークが今後のイノベーションを担うことになろう。会場の賛成率は71%。


3 情報サービス

サービスを提供する業者が我々の知らないところで、我々の行動に関する情報を集めている。グーグルのみならず、ショッピングカードを発行するスーパーも我々の消費行動をトラッキングしている。これからは更にこの傾向が進み、特定のサービス提供者に消費者個々の行動情報を提供させる技術とビジネスモデルが進化するだろう。

パネリストの反対意見はほとんどなかった。無料サービスを提供する業者に消費者は群がる傾向がある。だが、サービスを無料で受けられるのは利用者が自分に関する情報を提供しているからだ。アマゾンも同様に、個人の購買情報を集め、それを販促手段として使っている。例えば「この商品を買った人は、次の商品を買っている人が多い」というメッセージは、こうした情報を集めていなければできないはずだ。

Aneeshはトレンドとしてはその通りだが、個人情報が個人の知らないところで収集されているところに問題がある。オバマ政権としてこの状況にどのように対応すべきかを検討中であると述べた。会場の賛成率は69%。


4 ロボット

ロボットが工場から出て我々の生活環境の中に入ってくる時代が到来した。例えば、お掃除ロボットRoomba、プールのお掃除ロボットVerroがあるが、これから出てくる新製品ロボットは高感度のセンサーと知能を備え、介護用、無人自動車、家のセキュリティ等幅広い分野に使われるだろう。

パネリストの多くはこれに賛成したが、反対意見もでた。反対意見はロボットが家庭に普及するより前に、工場で使われるロボットが世界的規模で普及するだろう。ロボットの種類が増え、価格も下がるだろう。その結果、労賃の安い中国の工場で普及する時期のほうが、アメリカの家庭で普及する時期よりは早く来るだろうという意味での反対だった。IT革命の次の革命はロボット革命だろうという予言するパネリストもいたが、3年以内にどこまで普及するかについては疑問としていた。

Aneesh は米国政府もロボットの開発に助成金を出している点を強調した。米国の工場でもロボットが進化を遂げれば、米国企業の国際競争力復活に貢献するからだ。会場の賛成率は60%。


5 拡張現実

3D動画の技術が発達して、スクリーンに映し出された3D映像が現実の世界ではないかと錯覚するほどになった。今後3D技術を使った高解像度の拡張現実を実現する機器が我々の日常生活にどんどん入り込み、我々の生活体験を根本から変えるようになる。

パネリストには反対意見が多かった。今の技術ではメガネをかけなければ3Dは実現できず、今後3年以内に我々の日常生活に深く普及することはないだろう。ただ、軍事用途としての3D技術は重要で、この分野では大きく成長する見込み。会場の賛成率は58%。


6 バイオ・エンジニアリング

バイオロジスト(生物学者)とエンジニアが協力して合成生物学が発達してきた。これからは同様に、生物のメカニズムを取り入れた電子回路が研究されるだろう。これからの電子機器は、シリコンだけをベースにしたデバイスやコンピュータではなく、バイオロジーをベースにした機器の開発が進むだろう。

パネリストも分かれた。バイオロジーの取り込みはまずバイオ燃料のようなエネルギー分野で行われ、電子機器がバイオロジーを取り込むのは今から10年—15年先だろう。有力技術の交代サイクルは30年と言われる。20世紀に入って化学⇒物理⇒電子工学⇒バイオ(特にゲノミックス)の順で有望技術が出てきた。いまわれわれはバイオの時代にいる。

Aneeshはホワイトハウスで開催される科学者の提言を聞いていると、これから技術開発の大きな変革分野はバイオ(ヘルスケアを含む)、IT、ナノテクの交差点で起きると思うと述べた。会場の賛成率は51%。


7 製品の製造方法の変革

携帯電話機の驚異的な発達は顧客ニーズに適合した製品を開発することの重要さを認識させた。今後は更にこの傾向を推し進めて、購入者が自分に必要な機能だけを選択できるような機器が普及するだろう。生産システムもこうした傾向に対応して、世界各地の小規模工場が3D(3次元)印刷技術を駆使して顧客ニーズに合わせた製品を少量生産する究極のカスタマイゼーションが進むだろう。

パネリストの意見は、すべての製品の製造工程が近未来に変化するとは思わないが、トレンドとしてはその通りというものが多かった。3D印刷技術は半導体設計、軍事用途、歯のインプラント、DNAのコーディング、ロボット工学では普及していくが、消費者が使う最終製品そのものを3D技術で作るのはかなり未来の話だろう。会場の賛成率は46%。


8 団塊の世代向け製品の開発

消費者向け携帯機器が受け入れられるかは、その製品がどれだけ団塊の世代に受け入れられるかにかかっている。その理由として団塊の世代が今年から65歳になり、消費者人口に占める比率が高まっていくからだ。若者に受け入れられるだけの製品では駄目で、年寄り向けの製品が開発されなければならない。

パネリスト3人から年寄り向けの製品開発が必要という点には強い反論が出された。人口動態から見ると団塊の世代の人口が増えてくることは事実であるが、何もこの層だけを狙って開発する必要はない。誰にとっても使いやすいUniversal Design(万人に受け入れられる設計)をもった製品ならば、年寄りも使い始めるからだ。そのよい例がAmazonの Kindleだ。Kindleを使えば、年寄りが毎朝新聞を取りにわざわざ郵便受けに足を運ばなくても新聞を読めるようになったからだ。会場の賛成票は44%。


9 サイバー攻撃

ソフトウェアが複雑になったから、色々なところにセキュリティ・ホールができて、ハッカーからのサイバー攻撃を受けやすくなった。サイバー攻撃からソフトウェア資産を守るには、20年前に戻って、機能を最小限度に絞ったシンプルなソフトウェアが消費者と企業に広範に受け入れられる必要がある。

パネリストは全員反対に回った。20年前のウインドウズがいかに使い勝手の悪い製品であったかを見ればわかる。今のアプリケーションは使い勝手を良くするために巨大なソフトウェアになっている。時代を逆に戻せない。会場の賛成率は29%。


10 医療サービス

人工知能(AI)とセンサーを持った廉価な医療機器の開発が進み、世界中の患者がこの機器を使ってオンラインで質問し、コンピュータが自動回答できるようになる。そうすると医師が不要になる。

パネリストは医師が不要になる点に猛反発した。いかに技術が発達しようとも最終的な診断は医師がインターフェイスしないと患者は納得しない。ITを使ったヘルスケア技術は20年前から存在するのに、医療業界では遅々として普及していないのは、医師を含めた医療関係者の受容性が足りないからだ。Aneeshは医療関係者に相応のインセンティブが出てくるように配慮しない医療改革は進まないし、新しい機器の受容性も高まらないと述べた。会場の賛成率は13%。

70分に及ぶ10大トレンドの発表は喧噪のなかで終わった。SRIのトレンド提言はかなり先のトレンドを過激な表現で突きつけた提言が多かったように思う。一方パネリストは3-5年のスパンでトレンドを考えていた人が多く、反論百出で会場を沸かせた。提言者やパネリストに意見の中には筆者の感覚と異なるものがいくつかあったが、自由に討論できる文化がシリコンバレーの活力だと改めて感じた。




カリフォルニア州メンロパーク市にて
安藤 茂彌
ダイアモンドオンライン「シリコンバレーで考える」に掲載(2011年6月27日)