シリコンバレーコラム
震災に目を奪われてはならない、日本にはもっと深刻な債務問題がある

アメリカ合衆国の借金総額をリアルタイムで表示するUS Debt Clock(http://www.usdebtclock.org/)がある。一秒間に何度も更新される。目が回るほどだ。借金を続ければ、金利は元本に上乗せになって雪ダルマ式に増えていく。このウェブサイトは返済しなければならない借金総額(元本と金利)を示したものだ。だが、見ていると恐怖心が湧いてくる。

米国の借金はもともとは、ブッシュ前大統領の富裕層への大幅減税と、イラク戦争での軍事費支出で膨れ上がってきたものだ。2009年1月にオバマ大統領が誕生してまもなく、前年に発生した金融危機の後始末、GMの倒産等と、政府が関与せざるを得ない事件が続いた。そして同年7月には医療保険改革という最も金のかかる政策を導入した。多くの国民はこうした一連の政策を支持したが、一方で「国がこんなに借金をしても大丈夫か」といった心配も広がった。

こうした心理は市民の自発的なティー・パーティー(茶会)運動となって展開され、反オバマ勢力となっていった。そこで2010年11月の中間選挙を向かえた。茶会を取り込んだ野党共和党は、大統領の出身母体である民主党を激しく追い上げた。上院では与党民主党が辛うじて過半数は維持したが、下院では共和党に大敗してしまった。

この国では連邦政府の債務残高に上限が決められていて、この限度を超えて債務を増やすには、そのたびに議会の承認を取り付ける必要がある。日本を含めたほかの国では一年に一度、年度予算と一緒に債務限度を決め国会の承認を得れば、いちいち承認を得る必要がない。なぜ予算のほかに限度の設定があるのだろうか。これは行政府に注意を喚起するためであると言われる。

現在の債務限度は2010年2月に決められた14兆2940億ドルである。ほぼ米国のGDPに匹敵する。ところが5月16日にこの限度を超えることが確実になった。下院で多数を占める共和党はこの権限を利用して、大統領に借金の削減を迫る作戦に出た。だが、国には待ったなしの支出が数多くある。公務員の給与支払い、年金の支払い、軍事費の支払い、国債の利払い等である。

財務省は窮地に立たされた。連邦政府の公務員は浮き足立った。ひょっとして給与の支払いが遅れるのではないか。年金受給者にも恐怖が走った。年金の支払いが遅れたら受給者の多くが路頭に迷う。軍事費も待ったが効かない。国債の利払いが遅れれば、それこそ米国債のデフォルト(債務不履行)になってしまう。ガイトナー財務長官は必死で訴えた。「米国の信用は失墜し、金融市場は大混乱に陥る。それでもよいのか?」

ガイトナー財務長官は5月16日に議会に書簡を送り、債務限度を超過する期間は公務員の年金の運用部分等から一時的に借金をして繰り回しを図る特別権限の付与・承認を一方的に宣言した。これと並行して、バイデン副大統領が折衝窓口になって、8月2日までに新たな債務限度を決め、議会の承認を取り付けることになった。信用度が最も高いとみなされている米国債でも、内実は「火の車」なのである。

国家の債務問題に苦しんでいるのは米国だけではない。欧州でも昨年から今年にかけてEUに救済を求める国が相次いでいる。昨年5月にはギリシャ政府が資金難に陥り、EUとIMFが1100億ユーロを貸し出した。昨年11月にはアイルランドが資金難になり、今年4月にはポルトガルが同様の状態になり、いずれもEUとIMFが資金援助することで当座を乗り切ることにした。

EU・IMFの支援には借り入れ国の自助努力が条件として課される。詳細に決められた条件の達成度をEU・IMFは注意深く見守っている。その条件とは財政赤字を一定の範囲内に収めることであったり、国有財産の売却による債務の圧縮であったりする。

一番問題があると見られているのがギリシャである。ギリシャのGDPは2009年にはマイナス2%であったが、2010年には4.5%の大幅マイナスになってしまった。その結果、財政赤字がさらに悪化しEUとIMFが決めた限度を大きく超えてしまった。これを問題視したEUとIMFは国有財産の早期売却を強く促し、債務の圧縮を要請した。

ギリシャは民営化が進んでいない国である。電力会社、鉄道、競馬、宝くじ等公営事業の多くは国営企業となっている。加えて2004年のオリンピックの跡地も未利用のまま放置されている。公営企業を民営化し、遊休資産を売却すれば、多額の資金がギリシャ政府に入り債務の削減に寄与すると考えられるからだ。

だがここで問題が起こった。国家公務員、国営企業社員の賃金カットは昨年から実施されているが、これでは生活できないと困窮を訴えて公的部門の労働組合が大規模なストライキを行った。鉄道も電力も止まった。さらに5月11日には大規模なデモを行った。その数は2万人とも4万人とも言われているが、幸いにして暴徒化することなかった。

この事件はこの国の財政再建が一筋縄ではいかないことを世界に示した。しかし国内的はこの事件は国民の共感を集めなかったと言われる。

では日本の財政状況は世界と比較するとどうなのか。


(出典:IMF、OECDによる2011年の予想比率)

日本の状況は他の問題国以上に厳しい。それにもかかわらず、菅首相はじめ現政権は東日本大震災の災害復興で忙しい。だが、災害の問題に目を奪われて真の問題をないがしろにしてはならない。

日本が世界でダントツの大借金国であることを正直に国民に伝えてきただろうか。政治家は国民に真実を伝えたら政治的に不利になると恐れているし、国民も自分に不利益を及ぼす政策を好まない傾向があった。政治家の保身と、選挙民のエゴが重なり合って、自国の現実からますます遠ざかっていくように見える。

米国の債務問題の対応と、ギリシャの対応を観察すると日本が学ぶべきものがある。アメリカ人が債務問題を声高に叫ぶのは、「こんなに大きな借金を子孫に残してよいのだろうか」という素朴な気持ちがあるからだ。ギリシャの場合は違う。公務員・公営企業の従業員のデモを見ていて、一般市民は密かにこう呟いたと言う。「何を言っているんだ、自分達はいままでさんざん良い思いをしてきたくせに。税金を湯水のように使い、高級住宅地に住んでいるではないか」。

「日本には1400兆円もの貯蓄があるから、1000兆円ぐらいの借金は問題がない」という見方が根強くある。だが借金は借金である。誰かがいつかは返済しなければならない。それは誰か?私たちの子孫である。米国政府の借金はGDP比で見ると日本の半分に過ぎない。それでもアメリカ人は子孫に巨額な負債を残さないように努力している。

ギリシャ人は現世で「自分達だけ良ければよい」と考える国民のようである。政治家は実現できもしない目標を堂々と発表し、結果を出せずに国民・EU・IMFを裏切ってきた。そうした政治家を見て、国民は白けている。誰もが国家の問題を自分の問題として捉えていない。EU・IMFがギリシャ問題が「最も深刻な問題である」と懸念するのは、まさにその点にある。

日本の政治家一人ひとり、国民一人ひとりが胸に手を当てて考えてみる時が来たように思う。いまの日本に必要なのは国民に媚びるリーダーではない。国民に苦いことを言ってでも、必要な改革を押し進める「身を切る」リーダーである。

国民も辛い選択を強いられる。国会議員は自らの定数を削減しなければならないし、公務員も減員される上に賃金カットに応じなければならない。富裕な年金受領者は年金の一部放棄を求められるだろう。国民健康保険でカバーされない高額医療の範囲は拡大するかもしれない。今まで当たり前のように享受してきた既得権を手放さざるを得なくなるのだ。

ここまで国民を説得できるリーダーが現れるのか。国民はここまで既得権を手放せるのか。債務問題はどの国にとっても重い政治課題である。だがもし、これができないならば、我々は「ギリシャ」になるしかない。



カリフォルニア州メンロパーク市にて
安藤 茂彌
ダイアモンドオンライン「シリコンバレーで考える」に掲載(2011年5月31日)