シリコンバレーコラム
情報公開を渋る東電が世界を恐怖の底に陥れている


東日本大地震が発生した3月11日午後2時46分、筆者は東京・新丸ビル6階にいた。それは、いままで経験したことのない激しい横揺れだった。ビルはギシギシと音をたて、6階のレストラン街から皿が床に落ちて割れるバッシャーンという音が聞こえた。天井を見つめた。照明器具、装飾器具が激しく揺れていた。そのとき、まさかさらに大きな揺れが東北地方を襲っているとは知らず、ただひたすら我が身の安全を考えるだけで精一杯だった。

エレベーターは休止していたが、エスカレーターは動いていた。揺れが弱まる気配を見てエスカレーターに飛び乗った。6階から5階へ、5階から4階へ。地下一階に着いたときに、これで助かったと思った。新丸ビルから東京駅に通じる通路は、繋がらない携帯電話を片手にイライラしている人で溢れていた。地下鉄、JRはすべて止まっていた。駅員は今夜中に復旧する可能性は薄いと言う。

電話は通じない、交通手段はすべて止まっている。タクシー、バスを待つ人々が長蛇の列を作っている。どうすればよいのか。今晩宿泊できる場所を確保しなくてはならない。ではどのホテルだ?東京駅近辺にはいくつかの新しいホテルがある。だが多くのホテルはビルの高いところにある。ロビーに到達するには地上からエレベーターで上がらなくてはならない。そのエレベーターがすべて止まっている。

一階からアクセスできるホテルはないのか?お堀端通りを日比谷に向かってとぼとぼと歩き出した。最初に目に入ったホテルはThe Peninsulaだった。10階の喫煙者用の部屋は空いているという。迷わず部屋を確保した。だが部屋には行けない。エレベーターはすべて止まっているからだ。鍵を受け取ってエレベーターの稼動を待つことにした。その間にビックカメラでアイフォンの充電器を購入してホテルに戻った。エレベーターが一機稼動していた。

部屋のテレビで震源地の光景を目にした。アイフォンでおおよその情報は持っていたが、現場の光景はショックだった。津波の恐ろしさを知った。11時過ぎにはメールが回復し、午前零時過ぎには電話も通じるようになった。家族の安全を確認できた。翌日自宅に帰った。地震の被害はなくほっとした。

3月12日(土)、13日(日)は自宅でテレビを見ながら過ごし、14日(月)に予定通りシリコンバレーに戻った。帰りの航空便はいつもよりアメリカ人で混んでいた。アメリカ人の日本脱出が始まっているのか。

シリコンバレーの自宅で見るテレビのニュース番組は日本の地震の報道一色である。最大の関心事は福島の原発である。爆発、火災が起きるたびにアメリカ人がテレビに釘付けになる。日本のニュースがそのまま画面に現れるので、アメリカと日本でニュースに遅れはない。英語の解説付きなので、アメリカ人はいま日本で何が起きているのかを瞬時に把握している。

CNNはアンダーソン・クーパー、サンジェイ・グプタ等複数の記者を仙台に派遣し、現地からライブ中継している。彼らとMITの原子力専門家ジム・ウォルシュ博士がテレビ上で連携して報道している。ウォルシュ博士は日本から発信される原発の現況情報があまりに少ないので、いま何が起きているのかがわからないと不満をぶち上げている。推測と断わったうえで、「非常に深刻な状況が続いている」と話している。

東電が詳細な情報を迅速に公開せず、自社の知識だけに頼り解決しようとしている様子しか伝わってこないことが、世界を恐怖に陥れているのだ。CNNは東電の企業像を紹介している。情報の公開が遅いのみならず、真実を隠した前歴があり、日本国民に“嘘をついた前歴がある”とも言及している。そのために2002年に経営者が責任を取って辞任しているとも伝えている。

MITのウォルシュ博士はこのような重大な事故でもあるにもかかわらず、何故IAEA(国際原子力機関)の担当者が東京に駐在していないのか不思議に思うと言及した。シリコンバレーに住むある事情通にこの点を聞いたところ、地震発生と同時にIAEAが支援の手を差し伸べたが、東電は「その必要はない」とIAEAの申し出を断ったという。もし事実だとすれば、何という国際感覚を欠いた行動であろうか。

日本国内でも東電の情報公開に不満が出ているようだが、海外から見ていると「東電の異常さ」が突出して感じられる。何故こうなったのか。その原因の根っこは、やはり東電の地域独占を許してきたことにあるのではないか。米国政府は以前から、日本企業が市場を独占するのは日本のためにならないと主張してきた。もし電力業界を自由化し、他の日本企業や海外企業を参入させて競争させていれば、こんな事態にならなかったのではないか。

アメリカのメディアは日本人の冷静な行動を驚きの目を持って見てきた。あまりにも静かなのだ。これは異常に映るのだ。日本人は天災を運命と受け入れる心情があるのか。地震は天災と受け入れた。津波も天災と受け入れた。だが放射能も天災と受け入れるのか。東電という一企業に自分の生命を託せるのか。

日本に駐在する外国人は東電に自分の命を託さない。欧州諸国の一部ではすでに日本脱出が指示されている。米国はまだ指示されていないようだが、16日にクリントン国務長官が、「日本に滞在しているアメリカ人の安全を守ることに全力を尽くす」と記者会見した。事情はどうであれ、アメリカ政府は一企業にアメリカ人の生命を託せないからだ。

日本では原発から20キロを避難地域としているが、米国は独自に80キロ(50マイル)を避難地域としている。救援に来た空母も80キロ沖で待機している。東電の情報に頼っていない。自国の気象衛星や空母での観測等から危険度を割り出しているものと思われる。

アメリカでは、福島第1原発の放射性物質は気流に乗って5日でアメリカに届くとの試算が報じられている。ただ、空中に放出されたアイソトープは5日も経てば放射性が少なくなるので、実害はないと付け加えており、むしろ心配なのは日本国内の汚染である。

東電が抱えているリスクは一民間企業が責任を取れる領域を超えている。それなのに自社で問題を解決できると考えているところに間違いがある。繰り返すが、もし事実だとすれば、事故発生直後のIAEAからの協力要請を断ったのは重大な間違いだった。

日本政府も東電の情報の遅さに不満を持っているが、諸外国の許容度はもっと低い。これほどの深刻な事態に陥っているのに誰が責任を持っているのだ。政府は右往左往しているようにしか見えない。東電の発表した原発周辺の放射能の測定値が翌日に修正された。ミリシーベルとマイクロシーベルを間違えたからだ。単位の相違は1000倍の差がある。

なぜこうした単純なミスが出てきたのだろうか。東電情報を第三者がチェックする機能がまったく働いていないからだろう。東電は自社の解決策が、その時点で取れる選択肢のなかで最善であると信じているが、世界には原子力の専門家がたくさんいる。どうして彼らの力をもっと早い段階から積極的に借りようとしなかったのか。日本のために役立ちたいと考えている善意の専門家がたくさんいる。彼らに協力を仰ぐことは東電の「恥」と世界は見ないだろう。

今からでも遅くない、中立な国際機関であるIAEAを介在させ、彼らに東電情報の真偽をダブルチェックさせて世界に発信すべきである。東電はIAEAに情報を隠してはならない。ここに日本の信用がかかっているからだ。オバマ大統領が派遣した技術者にはGEの技術者が含まれている。福島原発はGEの技術を使っているからだ。彼らと密接な連携をとり、彼らの知恵を借りながら解決策を探すことだ。

地震が起きた当初は世界中の人々が日本に同情した。日本人が秩序だって行動することに尊敬の念を持った。こういう状況が自国で起きたならば、食料の強奪が起きたであろうと考えているからだ。少ない食料を分け合いながら必死に生きながらえようとする日本人の態度に、世界の人々は感動し涙を流した。

だが時間が経つにつれて微妙な変化が出てきた。危険が迫る状況の中でも声を上げずに押し黙っている日本人を見て、尊敬は別の驚ろきに変わった。東電に自分の命を預けているのか。日本政府に見殺しにされても、これが自分の運命と受け入れるのか。

アメリカ人では考えられないことである。米国のニューオリンズで洪水が起きたときには、ブッシュ大統領(当時)の対応の遅さを責めたものである。米国のメキシコ湾でBP(英国石油)の海底油田から流れ出た原油の垂流しが起きたときに、オバマ大統領の対応の遅さを叱責した。アメリカ政府の圧力で英国企業BPの社長が交代した。

菅首相は東電の社長を退任させられるのか。福島で採用されている「沸騰水型原子炉」は、現在主流の「加圧水型原子炉」に対して劣勢を強いられている技術であるだけでなく、同じ「沸騰水型原子炉」でも耐震性の高い改良型ではない。福島第1原発の6基のうち、一番古い1号機にいたっては、運転開始から40年以上の老朽化した設備なのだ。いかなる理由が語られようが、設備の刷新を怠った東電の経営責任はあまりにも大きい。

菅首相は現在の電力業界を再編する青写真を国民に提示できるのか。周知の通り、東日本は50ヘルツであるのに対し、西日本は60ヘルツであり、西日本からの電力融通に限界があるため、東日本の利用者に計画停電を強要することになった。

筆者は二台のテレビをつかって、日本のテレビ報道(NHKニュースが多いが)と米国のテレビ報道(CNNをつけることが多いが)をリアルタイムで見ている。東電の方々が不眠不休で問題解決に奔走されているはよくわかる。だが、今回のように世界を巻き込んだ大きな事件になると、通常とは違った情報対応が必要になる。それは情報の一本化と情報の説明性(アカウンタビリティー)だろう。こうした情報体制をとれれば、世界のフラストレーションは相当解消できるだずだ。

東電は日本国内の「親方日の丸」企業から、世界に開かれた企業に変身できるのか。日本の政権は危機に対応したリーダーシップを発揮できるのか。これができなければ、世界は日本人を尊敬しても、日本を信用しないだろう。


カリフォルニア州メンロパーク市にて
安藤 茂彌
ダイアモンドオンライン「シリコンバレーで考える」に掲載(2011年3月19日)