シリコンバレーコラム
自国を過大評価する中国の根っこにある「臥薪嘗胆」の思いとその矛先
——米中首脳会談で見えた日本への教訓

今月18日に中国の胡錦濤主席が米国を訪問した。胡主席はブッシュ政権時代の2006年に訪問したことがあるが、4年9ヶ月ぶりの訪米である。2006年の訪問時に中国側は「国賓」としての訪問(State Visit)を米国側に強く要請したが、米国側はこれを単なる「公式」訪問(Official Visit)として受け入れた。理由は簡単である。胡主席が国民の選挙で選ばれた国の代表ではないからである。このことは中国の面子を著しく傷つけた。

2008年秋のリーマン危機の発生でアメリカは国力を大きく損なった。アメリカ発の金融危機は西側諸国の経済を大きく揺さぶったが、中国への影響は相対的に軽かった。中国はアメリカの国力がどんどん低下していくと読んだ。中国が大国としての自信を深めだしたのはこの頃からである。

2009年の1月に米国大統領に就任したオバマ氏は同11月にはじめて中国を訪問した。そのときの中国側の応対は極めて横柄なものだったと言う。オバマ大統領はイランの核開発阻止への共同歩調と、コペンハーゲンで開催予定の地球環境サミットでの共同歩調を要請したが、中国はすべて拒否した。米国は中国のこうした態度に激怒した。米中関係はこの時を機に急速に冷え始める。

そして2ヶ月後の2010年1月に米国は台湾へ最新鋭兵器の売却を決定する。これに中国は猛反発した。もちろん米国の台湾への武器売却はこれが初めてではない。歴代大統領は対中関係に配慮して任期満了となる直前に行うのが常だった。だがオバマ氏は中国を引き寄せるためにこの切り札を早々に使った。翌2月には、中国が最も嫌うチベットのダライラマとも会見した。

米国はこのようにして中国の痛いところを次々み突いていったのである。米国が「中国は大国として責任ある当事者」になって欲しいと頻繁に発言するようになったのもこの頃からである。

翌3月には北朝鮮による韓国の哨戒艦撃沈事件が起きたが、中国は北朝鮮を非難しなかった。米国はこれにカチンときた。この事態に対処するために、ゲーツ国防長官の中国訪問を申し入れたが、中国はこれを突っぱねた。

9月には尖閣列島沖で中国の漁船が海上保安庁の巡視艇と衝突する事件が起き、11月には北朝鮮による韓国延坪島への砲撃があった。米国は東シナ海、日本海で日米合同演習、米韓軍事演習を展開することで中国に圧力をかけた。

こうしたギクシャクした関係が続いた後、今年1月に入って中国はようやくゲーツ国防長官の訪中を受け入れた。胡錦濤主席の米国訪問のたった9日前である。ゲーツ長官は中国首脳との会談の席上で、両国の軍事関係者間の定期的な会合を提案したが、中国側はこれにコミットしなかったと言われる。

こうした流れの中で米中首脳会談が開催された。外交・軍事面から見ると「関係修復」の会談であった。胡錦濤主席はオバマ大統領との会談のみならず、上院・下院の主要メンバーとも意見交換した。議題は中国通貨の為替レート問題、人権問題(ノーベル平和賞受賞者の監禁、一人っ子政策に基づく強制堕胎、宗教の自由など)、北朝鮮問題、チベット問題、国際通商ルールの軽視、知的所有権の侵害等多岐にわたった。

米国議会との直接交流は重要だった。下院は去年、中国が為替レートを切り上げないならば中国からの輸入品に関税を課すという法案を圧倒的多数で可決しているからだ。この法案はまだ下院で止まっており、直ちに上院に送られて可決される見通しは立っていないが、議会が中国の対応に苛立っていることは確かだ。

では胡主席の訪米はどのような成果が上がったのか。両国にとって、過去一年余続いた刺々しい関係に一応の終止符を打ち、相互信頼をベースに協力し合うことを確認したことであろう。だが中国が有言実行するかについては保証の限りではないが。中国が北朝鮮のウラン濃縮計画に懸念を表明したのは予想外の成果であった。

だが、米国が最重要課題と考えている人民元の切り上げによる貿易不均衡の是正については、中国側からなんらの譲歩も引き出せなかった。中国がボーイング社からの航空機200機の購入を含む450億ドルに上る米国製品の輸入を約束したのは、米国の輸出拡大を政治課題に掲げるオバマ政権にとっては成果であったと言えよう。

こうした一連の流れを見ると、中国は「面子・立場」に拘って対米関係を進めてきているのが分かる。「国賓」としての扱いに拘ったし、チベット、台湾に米国がかかわってくることに強い不快感を示した。中国固有の「領土」であり主権の侵害と考えているからだ。

これに対し、米国のアプローチは「実務的・実利的」である。米国の政策に中国がどこまで協力してくれるか、米国の輸出拡大に協力してくれるか、米国企業の中国内でのビジネス拡大にどこまで自由度を与えてくれるかといった観点から対中外交を展開している。

首脳会談に先立って胡主席がアメリカの記者団に基軸通貨について言及したのも意外な出来事だった。「ドルを基軸通貨とするのは過去の遺物である。中国人民元こそがこれからの基軸通貨である。」と語った。筆者はこの報道を聞いて耳を疑った。人民元は基軸通貨の必須条件である市場性を欠いている。GDPが世界第二位になったところで人民元が基軸通貨になれる訳がない。

ここに中国の現実離れした「思い上がり」が典型的に表われているように思う。この「思い上がり」はどこから来るのか。

英エコノミスト誌は、その起源は中国の故事「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」にあると分析している。「臥薪嘗胆」とは復讐のために耐え忍ぶことを指す。紀元前5−6世紀の呉と越の間で繰り返された戦争に由来する。

越に敗れた呉王は後継者の夫差(ふさ)に必ず仇をとるように言い残して病死する。夫差はこの約束を守るため国の軍備を充実させ、自らは薪の上に臥して寝る苦痛を受け入れることで、その屈辱を忘れないようにした。3年後に越に攻め込み越王勾践(こうせん)を捕らえ呉の再興を果たす。

負けた勾践は夫差の馬小屋の番人にさせられる屈辱を受けたが、やがて開放されて故郷に戻る。越は再び富国強兵に励み、自らは苦い胆を嘗めることで屈辱を忘れないようにした。驕り高ぶった呉王夫差は覇者を目指して各国に盛んに兵を送り込み、自国の国力を疲弊させた。そして20年後に越王勾践は満を持して呉に攻め込み夫差の軍隊を打ち負かした。

中国人の中には「臥薪嘗胆」の教訓を心に刻む人が多いという。「むかし中国は大国だったが、近代に入って米国はじめ先進諸国にズタズタにされた。いま中国は世界第二位の大国になった。今こそ過年の屈辱を晴らす時が来た。国力を落とした米国を攻めるには絶好のチャンスだ。」

この故事は現代にそのまま当てはまるのだろうか。呉と越が戦ったとき、両国は両国以外の世界がどうなっているのかまったく意識しなかった。また意識しなくてもよかった。だが現代は違う。通信手段が飛躍的に進歩し、世界の隅々で起きていることが瞬く間に世界中に知られてしまう。

地球は「天下取り」の場ではない。地球上に棲む60億人が与えられた地球資源を大切に維持し、争いを最小限にして、各国が「協調」して生きていくのがこれからの課題なのである。

そもそもここ1−2年の中国と米国と周辺国との間の緊張関係の発生は、中国の「自国への過大評価と、米国への過小評価が真の原因である」ように思う。2008年にアメリカで起こった金融危機で米国が超大国から一気に普通の国に転げ落ちると認識したことが大きな間違いだった。

アメリカの軍事力はとてつもなく巨大で中国が容易に追いつける規模でない。加えて現在の中国がどう転んでも追いつけないのが「国家への信頼性」である。民主主義と自由主義を掲げ、開放的市場経済を持つ米国に対する諸外国の安心感は根強い。

その証拠に中国が強硬路線に転換したことによって、ベトナム、韓国、インド、シンガポール、マレーシア、オーストラリアといった国々が米国との軍事関係強化に走るか、自国の軍事力を増強する動きに出ている。日本の菅政権も遅まきながら日米同盟強化に動き出そうとしている。

では今回の首脳会談で中国に意識変化を起こせるだろうか。国家主席としての任期が二年を切った胡錦濤氏が政策転換を図るとは考え難い。中国内の不満分子はさらに増えるだろうが、中国には政府の情報遮断で偏狭な愛国心に固まった国民が13億人もいる。彼らがこれから外部の世界を知ることによって徐々に意識変化して行くだろうが、相当な時間がかかるだろう。

では日本はどうなるのか。「臥薪嘗胆」の鉾先(ほこさき)のひとつは日本に向かっている。かつて中国を侵略した歴史があるから仕方ない。中国が経済的繁栄に向かって突き進む中で、ゼロ成長を続けている今の日本には、中国に伍していけるだけの力はない。呉と越の関係があまりにも短期間に入れ替わってしまったのが不幸だった。

いまの日本にできることは、米国と協調して現在の強硬路線を修正するように中国を懐柔していくしかない。中国が近代国家に脱皮するまでの間、日本への圧力は続くだろう。日本が国力を回復すれば新たな日中関係への展望が開けるかもしれない。そのときが来るまで日本が忍ばなければならない時代が続くだろう。残念ではあるが。


カリフォルニア州メンロパーク市にて
安藤 茂彌
ダイアモンドオンライン「シリコンバレーで考える」に掲載(2011年1月31日)