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日本がGDP第3位から挽回するには「第三の維新」が必要だ 今年第2四半期のGDPで見ると、日本は中国に抜かれて世界第3位の経済国になった。日本は過去40年間の長きに渡って世界第2位の経済大国であった。40年前に中国のGDPは存在感すらなかった。5年前でも中国のGDPは日本の半分であった。なぜこんな短期間に日本は中国に抜かれたのか。世界はこの逆転劇を驚きの眼で見ている。 メディアの取り上げ方も様々である。中国の躍進振りを脅威の目で見る記事もあれば、中国がこのまま一直線に経済成長することはありえないとする記事もある。他方で、日本の転落原因に焦点を当てた記事もある。 ニューヨーク・タイムズは中国の躍進振りを脅威と見て報道している。中国は近年英国、フランス、ドイツを追い越し、ついには日本をも追い越すことになった。一人当たりGDPで見ると、中国は3,600ドルでアルジェリア、エル・サルバドルと肩を並べる後進国の水準である。(因みに、米国は46,000ドル、日本は39,700ドル)。 だが、このことは成長の余地を限りなく残していることを意味する。米国・欧州が金融危機の影響で成長率を落す中で、中国は今年も10%の経済成長を予測している。中国がこのペースで成長を続ければ2030年には米国も追い越して世界最大の経済大国になる可能性がある。 一方で懸念される点もいくつかある。中国は石油、石炭、鉄鉱石や希少金属を世界的規模で買い占める目的で、アジア、アフリカ、ラテンアメリカ諸国と緊密な経済関係を樹立し、米国、欧州と熾烈な競争になっている。中国は世界最大の二酸化炭素排出国であるにも拘らず、地球温暖化対策には渋々取り組んでいる。 中国の成長に懐疑的な見方をしているのは北京大学光華管理学院(ビジネススクールに相当)の准教授Michael Pettisである。同教授は最近「中国のGDPの急増は日本の80年代に似ている」と題する論文を発表した。その中で次のように述べている。 日本は投資に重点をおいた経済成長を追求し、世界のGDPに占める日本の比率は1970年の7%から1990年には18%になった。90年以降、世界のGDPは拡大したにも拘らず日本は足踏みしたため、シェアは急速に低下した。そしてたった8%のシェアしかない中国に追いつかれてしまった。これは借金を膨らませながら効果の少ない投資を永年続けたことが原因であった。 中国も政府部門のインフラ投資と民間部門の設備投資・株式投資を牽引力とする経済成長を図ってきた。その結果、個人消費がGDPに占める比率は2000年の46%から2009年に35.6%に低下し、不安定になってしまった。(因みに、日本は60%、米国は70%) その上、中国の銀行は融資規制の網をくぐって民間企業や個人に過剰な貸付を行い、投資を支援してきた。こうした投資が裏目にでると、日本の90年代と同様に経済成長に急ブレーキがかかり、その後低成長になるかもしれない。中国の現在の状況は80年代の日本によく似ている。 筆者には中国の投資(投機?)の実態がどのようなものか正確に把握できないので、この論文の評価は難しい。仮に中国が今までのような右肩上がりの経済成長に急ブレーキがかかるならば、日本経済の今後の戦略如何では再び第2位に返り咲くことは不可能ではないかもしれない。 日本にはもはや第2位に返り咲く力はないとする第三の論文がある。英国エコノミスト誌の「ジャパン・アズ・ナンバー・スリー」と題する記事で、日本が変革を怠ったために自分で第3位に転落をしたとする見方である。やや長いが引用してみよう。 日本政府は企業活性化のために250億ドル投じて産業革新機構、産業再生機構を作ったが、本来の趣旨に反して時代の流れに乗り遅れた企業の救済にしか使われていない。日本では経営に失敗した企業が倒産することは少なく、同時に新しい企業が誕生することも少ない。日本の企業倒産率は米国の半分で、新しい企業が誕生するする比率も米国の1/3である。日本にはベンチャーキャピタリストは少なく、日本の金融機関が生命力溢れる小企業に融資することも稀である。 日本企業では能力よりも年功が重視されて出世が決まる傾向があり、若くて有能な人材がいかに良い意見を持っていても発言を差し控える傾向がある。これは社長が引退しても会長や顧問の肩書で社内に残るので、後任の経営者が前任者の路線を否定するような言動は取りにくい。若い世代は出世したければ自分の見解を隠すように諭される。こうしてサラリーマンは昔はサムライであったが、今は草食男子になってしまった。 若い世代で起業家を志望する人の比率はこの7-8年で半減して14%になってしまった。その一方で、一旦就職した会社に定年まで勤めたいと希望する若者の比率は逆に2倍に増えて57%になった。経営者は今の若い世代は海外に雄飛するのを嫌うようになったと指摘している。外務省に入省した若手ですら国内勤務を希望するという。 米国に留学する中国人・インド人は2000年以降倍増したのに対し、日本人留学生は2/3に減ってしまった。日本人の英語力は従来から先進国中最下位である上に、若手がこんなに内向きでは、日本は今後どうやって輸出を伸ばして行くのだろうか。 女性の活用も不十分である。管理職の女性比率はたった8%しかない。米国では40%、中国でも20%である。人材を社外で募集すると応募者の70%は女性であるが、実際に採用されるのは10%である。女性は3K(危険、きつい、汚い)に向いていないという古い世代の固定観念が歪みの原因になっている。 経済成長を阻害する要因の多くは文化的要因に由来するものが多く、しかも相互に深く結びつきあっているので一朝一夕に変えるのは難しい。だが日本の歴史を振り返ると、日本人は無駄に時間を過ごしているようでいて、本当の危機に直面したときには素早く行動する国民である。19世紀には明治維新を起こして植民地化を逃れたし、第二次世界大戦後には焼け野原の中からいち早く立ち上がって世界第二の経済大国になった実績がある。 だが、こうした繁栄の基礎を築いた制度(豊富な資金、大企業主導、詰め込み教育、官僚主導、男性だけの安定的雇用)のいずれもが、21世紀にはマッチしなくなっている。成長の障害は変わろうとしない日本人自身にある。これから大胆な改革を行わない限り、日本は早晩第4位、第5位、それ以下に転落していくだろう。 筆者はエコノミスト誌の記事を身につまされる思いで読んだ。だが、残念ながら正鵠を射っているように思う。 日本がどのような方法で変われるのか?筆者にも名案はない。日本文化に深く根ざしているからだ。ではシリコンバレーで活躍している中国人、インド人、アメリカ人とどこが違うのか。一言で言うなら、彼らに共通するのは「個人主義」である。 「自分の人生は自分で設計して自分で実行していく。」組織のために自分を犠牲にすることはないし、ましてや政府を当てにすることは全くない。「組織がどうであれ、国家がどうあれ、自分は自分」。これがシリコンバレーのマントラ(真理)である。 日本人が個人主義に目覚めるときがあるのだろうか。それは組織が支払い能力をなくしたとき、国家が支払い能力をなくしたときだ。企業の倒産、国家財政の破綻が個人主義への引き金を引くだろう。そのときに日本人は明治維新、敗戦に続いて、「第三の維新」で素早く行動するだろう。
カリフォルニア州メンロパーク市にて |