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バラック・オバマを大統領に選んだアメリカ民主主義の真骨頂

アメリカの第44代大統領がバラック・オバマ氏に決まった。米国の東部時間で11月4日の午後10時だった。アメリカに初めて黒人の大統領が誕生した瞬間である。そのときに、シカゴのグラント・パークには12万5000人が集まり、地元上院議員オバマ氏の当選を祝福した。演説が始まったときには既に11時を回っていた。

「私が生きている間に、こんな日が来ると思わなかった。」カリフォルニア州政府の要職を30年勤め、黒人として初めてサンフランシスコ市長を勤めた74歳のWillie Brownの言葉である。どんなに頑張ろうともSecond-class Citizen(二流市民)としか見なされなかったアメリカの黒人。国政の頂点であるアメリカ合衆国大統領に黒人が就任することは、彼らにとって予想もしなかった出来事であるに違いない。

「人種差別がなくなった言うことか?」との質問に、「人種差別はなくならない。しかし、大統領の職を務めるのに適格な人材がいれば、黒人でも大統領になれるようになったということだ。」とWillie Brownは答えている。アメリカ国民の79%は白人で、黒人とヒスパニックはそれぞれ12%である。「適格な人材」であれば、人種の壁を乗り越えられる。今回の選挙はこれを初めて実証した。

筆者もオバマ氏が「適格な人材」であることに疑いを持たない。アメリカ国民は3回に渡ってオバマ候補とマケイン候補がテレビ討論をするのを見た。オバマ氏が分析的で説明的に話すのに対し、マケイン氏は分析の部分が欠けていて、すぐに掛け声になる。オバマ氏には人の話を聞く余裕がある。相手の言うことを聞いた上で効果的な反論をする。黒人候補のほうが白人候補より説得力があるのを国民は討論会を通じて目にした。

10月29日にビル・クリントン元大統領がオバマ候補の応援演説をしたことがある。金融危機が発生したときのオバマ氏の対応について裏話を暴露していた。オバマ氏は自分で分からないことがあると、その道の専門家に意見を聞いて自分判断を固めるという。オバマ氏は金融危機の真っ只中で、毎日ポールソン財務長官と電話で意見交換をしていたと関係者は証言する。マケイン氏は同じ共和党陣営にいながらポールソン氏に接触しなかった。

ブッシュ大統領が自分の考えで突っ走るのに対し、オバマ候補は人の意見を聞きながら自分で判断する。外交面ではブッシュ大統領がアメリカの利益だけを優先した結果、国際社会で孤立することになった。ある調査で、主要国22カ国の首脳にオバマ候補とマケイン候補のどちらが大統領になるべきか聞いたところ、22カ国首脳全員がオバマ候補を支持すると回答したという。

オバマ候補の大統領としての資質に問題がないとしても、状況が味方したことも幸運だった。金融危機が追い風になった。銀行の相次ぐ倒産で自分の預金も危なくなった。住宅価格は大きく下がった。不況が本格化すれば、いつレイオフされて無収入になるかもしれない。自分の健康を守ってくれる医療保険料は馬鹿高い。一般市民の生活への不安は今までになく高まっている。オバマ候補は彼らにとって強い味方と映ったのである。

オバマ候補の選挙戦術も革新的なものだった。ウェブサイトを使って、草の根の選挙運動を展開した。全米各地に選挙事務所を作り、そこにボランティアを登録させて電話で支持の輪を広げ、ウェブ2.0の技術を使った最新のコミュニケーションも導入した。ボランティアが協力できる時間帯を2時間ごとに設定し、極力多くの人が負担を分かち合えるようにした。マケイン候補も同様なことをやったが、きめの細かさではオバマ候補に劣った。

オバマ候補は政治献金についても新しいやり方を創造した。従来の選挙で候補者は、企業や団体からの大口の献金に頼って選挙戦を展開してきた。オバマ候補はウェブを通じて、彼の政治理念に賛同する人に小口の献金を呼びかけることを徹底した。5ドル、10ドルといった小口の献金でも、塵も積もれば億単位の金になる。9月一ヶ月間にオバマが集めた献金は150億円に上った。マケイン候補も同じことをやったが、集まった金額には大きな差がでた。

オバマ候補はこうして集めた資金を使って10月下旬に主要テレビ局の全米ネットワークに30分間のコマーシャルを打ち、自分の考えを徹底的に浸透させた。また共和党の強い地盤であるオハイオ州、ペンシルバニア州、フロリダ州で地元向けのテレビ広告を打ち、支持層を拡大していった。

オバマ候補支持のボランティアは全米では数百万人に上ったと言われる。激戦区フロリダ州で10月に動員されたボランティアの数だけでも23万人に達している。資金力とボランティア動員数で劣るマケイン候補は、本来共和党が地盤であるはずの各州で徐々に劣勢に立たされていった。

オバマ候補成功のもうひとつの戦術は、演説のたびに投票所に行くことを呼びかけたことである。「アメリカは変われる(Can Change)。それには皆が投票に行かなければならない。」と呼びかけた。これまで選挙に無関心であった層の多くが今回は投票に行った。従来の政治無関心層の多くは自分に投票するはずとの確信をオバマ候補は持っていた。

選挙日の11月4日には午前4時から投票所に並ぶ人の列ができたと報じている。今回の選挙の盛り上がりは異常である。何故か。ひとつにはオバマ候補が草の根の運動を展開したことで、国民の多くが「国民主権」を実感できることに興奮しているからではないだろうか。自分たちが献金し、ボランティアとなって動き、周りの人に投票を促し、多くの人が投票所に行く。選挙という民主主義のもっとも大事なプロセスに自分が参加していることを実感できたことが、盛り上がりの最大の原因であるように思う。

今回のオバマ氏の当選は、従来アメリカ政治の常識と考えられてきたことを、あえて実践しなかったことにある。何の地盤も知名度も「しがらみ」もないオバマ氏はそうせざると得なかったのだ。選挙戦の初盤では、民主党の対立候補ヒラリー・クリントン上院議員には知名度、人脈、選挙資金において完全に差をつけられていた。だが、選挙戦が長期化するにつれて選挙資金が底をつきヒラリー・クリントン上院議員は戦えなくなった。

共和党のマケイン候補との戦いはオバマ候補には容易だった。初盤からリードし、終盤では突き放した。そもそもマケイン候補とは知力と選挙戦術において大きな差があった。マケイン候補がサラ・ペイリン女史を副大統領に指名したときには、一時的に差をつめられたこともあったが、終始かなりの格差でリードを保った。

オバマ大統領の出現は多くのアメリカ国民にとっても、予想の範囲を超えていたように思う。筆者が今年の初めに親しいアメリカ人の友人と夕食をともにし、オバマ氏のことが話題になったときに、みんな懐疑的な見方をしていた。白人は事前の世論調査では黒人候補者に投票すると言っていながら、実際に投票所に行くと白人候補者に投票するのを何度も見ているからだ。

ある友人は「もしアメリカが、オバマ候補を大統領に選出したら、世界はアメリカを偉大な国家と見なすだろう」と語った。その友人は「もし」を何回となく繰り返した。それから10ヶ月経った。11月4日に「もし」はなくなった。無名の黒人候補者が「本当に」大統領になった。アメリカの政治プロセスがいかに柔軟であるかを世界に示した。

この国は時代のニーズに応えて「最適な人材」を選出できる民主プロセスを持っている。この国は「しがらみ」を越えて、時代の変化に対応できる柔軟な能力を持っている。まずは、従来の常識を覆して勝利を手中に収めたオバマ新大統領に最大の賛辞を送りたい。そして何よりも、オバマ候補を大統領に選んだアメリカ国民の正直な選択に敬意を表したい。



カリフォルニア州メンロパーク市にて
安藤 茂彌
http://diamond.jp/series/siliconvalley/10012/に掲載(2008年11月07日)

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