成功裡に終わった民主党大会で見えてきたオバマの茨の道
8月25日から4日間に渡ってコロラド州デンバーで、民主党の大統領候補を指名する党大会が開催された。この二日前の23日にオバマ候補は、デラウェア州選出のジョー・バイデン上院議員を副大統領候補にすると発表した。この大会はオバマを民主党の大統領候補に、バイデンを副大統領候補に正式に指名する大会となった。
ところがバイデンを副大統領候補に指名すると発表した途端に、オバマの支持率が落ちてしまった。オバマがヒラリー・クリントン上院議員を副大統領候補に指名しなかったからである。しかも、クリントン候補に事前の「仁義を切っていない」との噂が流れたため、クリントン候補への同情がオバマの支持率低下を加速した。大会開催直前の世論調査では、予備選でクリントン候補を支持した層の半分は棄権するか、共和党のマケイン候補に投票すると回答した。
こうした混乱の中で、初日25日には、エドワード・ケネディ上院議員が応援演説をし、オバマ候補夫人ミシェル・オバマが始めて公開の場で正式演説をした。
彼女はまず自分の生い立ちから話し出した。オバマ同様、貧しいシカゴ南部の黒人街で育ち、奨学金を得てハーバードの法律大学院を卒業した。一時はシカゴの法律事務所で働いていたが、19年前にオバマと結婚をし、今は二人の娘の母として子育てをしながら、社会奉仕を続けている。貧しさの中でも家庭を大切にし、努力をすれば必ず報われるとの信念を持ち、ここまで生きてきたと語った。そしてオバマとともに、努力するものが報われるアメリカを作ろうではないかと呼びかけた。
二日目には、ヒラリー・クリントン上院議員が演説をした。会場にはクリントン議員の熱狂的な支持者が多く集まっていた。彼女がどのような演説をするかに注目が集まった。彼女は「彼に投票したか、私に投票したかに関係なく、いまひとつの党としてオバマを支援しなければならない、誰も傍観者になってはならない」と警告した。その後、彼女の持論である健康保険の充実、女性の地位向上、イラクからの撤退、貧困からの脱却を説き、自分と似た政治信条を持つオバマ候補への支持を呼びかけた。
演説の最後の部分で、クリントン議員の表情は殺気立ってきたように見えた。オバマ支持を訴える言葉とは裏腹に、自分が本命といわれながら勝てなかった無念さ、ここでは一旦オバマを立てるものの、2012年には再びこの壇上で大統領候補として返り咲いてみせるという意気込みを感じさせた。
三日目には、ビル・クリントン元大統領が演説をした。夫人が最後までオバマ候補の対抗馬として残ったことから、常に微妙な立場に置かれてきた。時にはオバマ候補を罵倒しながら夫人の応援演説をしたこともあった。この演説では、最後まで自分の信念を貫いて善戦した夫人を称えるとともに、彼女を支持した人も、11月の本選挙ではオバマ候補に投票してほしいと訴えた。
ビル・クリントンの演説はブッシュ政権を鋭く批判するものだった。「8年間続いたブッシュ政権下で、アメリカ国民の生活は苦しくなり、世界の中でアメリカの地位は低下した。次の大統領に課せられた任務は、アメリカン・ドリームを建て直し、アメリカの国際的な地位を回復することだ、それができるのはオバマしかいない」とした。
また、オバマが米軍最高司令官としての経験不足を心配する声が出ていることに対し、「自分が92年に大統領になったときにも同じことを言われた。心配する前にまずやらせてみることだ」とオバマをかばった。この言葉にオバマは深く感謝したという。
三日目には副大統領候補のジョー・バイデンが演説をした。彼はオバマより18歳年上の65歳で、上院の外交委員会と司法委員会の委員長を務める古参議員である。シラキューズ大学の法律大学院を卒業して、29歳で上院議員に当選し、以来6回続けて当選している。今回の大統領選にも立候補したが、票を集められずに予備選の早い段階で降りた。
オバマが彼を副大統領に選んだのは、自分の弱い分野を補ってもらうためである。彼は外交に強く、長い議員生活の中で多くの外国首脳と親交を結んでいる。また、彼はスイング州(民主党と共和党が拮抗する州)のひとつとして知られるペンシルバニア州の生まれである。彼がこの州に地縁があることは本選挙を有利に展開できる可能があることから副大統領に選ばれたと言われている。
ジョー・バイデン副大統領候補の演説も、自分の生い立ちから説き始めた。車のセールスマンをしていた中産階級の出身である。彼も勤勉(ハードワーク)こそが自分を救うと考えており、政治信条はオバマに似ている。大企業寄りで富裕層優遇の政策を続けたブッシュ政権を批判し、その継承者であるマケイン共和党候補を批判した。
大会四日目は、場所を8万人収容できる市内のスタジアムに移し、いよいよオバマ本人の登場となった。オバマ候補はケニア人の父と白人のアメリカ人の母との間に生まれ、幼くして父を失い、母と母方の祖父母に育てられた。一時は生活保護を受けたこともあったが、彼の母は自力で二人の子供を育てて大学に進学させた。オバマもこれに答えて借金をしながらハーバード法律大学院に進んだ。
同大学院では、機関誌「Harvard Law Review」の編集長を務めていたきわめて優秀な学生だった。ウォール街の著名な法律事務所からの採用を蹴って、故郷シカゴの法律事務所に就職した。その後、シカゴ南部の貧民街で草の根の福祉活動を行い、生活保護者の更生に努力した。オバマの演説は42分に及んだが、その要点は以下の通りである。
- 経済
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クリントンの時代には2300万人の新しい職が創造され、平均所得は7500ドル上がったが、ブッシュ時代には500万人の職が後進国に奪われ、平均所得は2000ドル下がってしまった。所得が下がり、健康保険料金は馬鹿高くなり、不動産価格も値下がりし、一般市民はぎりぎりの生活をせざるを得なくなった。
ブッシュ政権とその後継者のマケイン候補は、富裕層を優遇すれば、市場経済を経由して、いずれ庶民も豊かになるという古い共和党思想を振りかざしているが、もはやそれは機能しない。我々はいまの生活を立て直さなければならない。それは個人が職業を自由に選択でき、企業が市場経済の中でイノベーションを行い、新しい職を創造し、政府が市民の安全を守り、すべての子供に教育の機会を与え、働きたい人にその機会を与える社会である。
自分が大統領に就任したら次のことを行う。アメリカの職を奪った企業には減税をせず、その分をアメリカの職を創造する企業の減税に回す。働く世帯の95%に減税を行う。10年以内に中東の石油に依存しない経済を作る。国内の天然ガス資源を発掘し、石炭をクリーンエネルギーに変換する技術に投資する、燃料効率の高い車がアメリカから生まれるのを支援し、再生可能エネルギーに1500億ドルの投資をして、500万人の職を創造する。財源は企業の税金の向け道をふさぎ、タックスヘイブンを見直し、官僚主義を廃し、時代にそぐわない政策を見直すことで財源を捻出する。
- 福祉
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ヘルスケアには大鉈を振るう。健康保険に加入している人には保険料を下げ、加入していない人には国会議員と同じレベルの健康保険に加入できるようにする。私の母ががんで死の床にいるときになかなか保険が降りなくて困った経験がある。破産法を改正してCEOへボーナスを払う前に従業員の年金を払うように法改正する。男女同一賃金を実現する。
- 政治・外交
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イラク戦争は間違いだった。私は最初から反対していた。イラク侵攻より重要なのはテロリストを捕まえることだ。最近イラクは石油の輸出で790億ドルの収入を得ていることが明らかになった。その一方で米国は巨大な軍事費負担をしている。イラクのことはイラクに任せればよい。私は軍の最高司令官として、明確な使命がある場合にしか派兵しない。兵力を行使するよりは外交を重視する。イランともロシアとも直接交渉する。
- アメリカの約束
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8年間続いたブッシュ政権が富裕層優遇、庶民無視、大企業優遇の政策を続けたために、多くのアメリカ人は貧困に喘ぐようになった。私が育った頃には、アメリカン・ドリームも、アメリカの約束(American Promise)も健在だった。一般市民が努力すれば自立できるような社会にしなければならない。
何がアメリカを強くしているのか。この国が富んでいるからではない、この国が世界最強の軍事力を持っているからではない、大学と文化が世界の羨望の的であるからではない。それはアメリカのスピリット(精神)があるからである。進む道が不確定であっても進む、人々が違いを乗り越えて団結する、間違っていたら直そうとする精神である
アメリカの約束を実現するのは、政府だけではできない。一人ひとりの家庭が重要である。父親が子供に愛を与え指導しなければならない。そして個人が自分の責任のみならず、国民相互の責任を問わなければならない。
- 新しい第一歩
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自分はワシントンでのキャリアも短いし、政治家の家系に生まれたわけでもない。だが18ヶ月にわたり選挙戦を展開してきて国民が何かを欲しているのかが分かった。それは過去の政治からの決別である。こうした変化はワシントンから自発的に起きることはない。我々が欲して始めてワシントンが変わる。私は政治が草の根から変わりうることをイリノイ州で実証した。我々の草の根から活動がワシントンを変えるのだ。
45年前の今日、マーチン・ルーサー・キング牧師の元へ人々が集結し、有名な演説「I Have a Dream」を聞いた。人々が信条や皮膚の色の違いを乗り越えて、常に未来を目指して前進し、後ろを振り返らず、団結して進むことを彼は説いた。この選挙でもこれを誓い合おう。そしてアメリカの約束を実現しよう。アメリカの約束を実現するために私は大統領になることを決意した。
オバマ候補の演説は大きな喝采で締めくくられた。筆者は四日間の大会を通して、黒人と白人の距離がぐっと縮まったように感じた。白人と黒人が入れ替わり壇上に立つにつれ、皮膚の色よりは政治信条を共有していることが、人々を繋いでいることを感じさせた。大会後に、クリントン候補の支持者の多くは、オバマ候補支持に回ったと伝えられている。
オバマの登場は、8年間続いたブッシュ政権へのアンチテーゼである。富裕層の優遇、大企業の優遇、石油信仰、一方的な武力行使。アメリカはいまこうした政策の「つけ」を払わされている。その一方で置き去りにされた一般国民の多くが民主党を支持している。
オバマの登場は、彼の生い立ちから見ても、彼の政治信条から見ても、いまアメリカの一般市民が一番望んでいるものを満たす格好の人材であるから候補者になれたのだ。オバマは時代の変わり目でタイミングよく登場した幸運な男なのだ。
民主党大会が成功裏に終わったのは、単にオバマが感動的な演説をしたからではない。クリントン夫妻が、自分達の感情を押し殺してオバマを立てたからである。仮にオバマが大統領になったとしても、多くの抵抗勢力に抗して、クリントン人脈を上回る人脈を作れるのか。クリントンが2012年をにらんで、オバマの足を引っ張ることは無いのか。無名な新人候補の先行きにはまだまだ茨の道が待ち受けている。
カリフォルニア州メンロパーク市にて
安藤 茂彌
http://diamond.jp/series/siliconvalley/10008/に掲載(2008年9月8日)
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