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最新レポート
世界に通じる日本の相撲

アメリカから大相撲の話である。それも日本の大相撲名古屋場所の話である。アメリカ巡業の話ではない。アメリカには「テレビジャパン」というサービスがある。NHKの番組を編集して24時間流している衛星テレビである。過去に日本で放映された番組の放映が多いが、大相撲は生中継されている。相撲ファンは眠たい目をこすりながら真夜中に観戦している。

名古屋場所は関脇「琴光喜」関の大関昇進が注目された場所だった。琴光喜は愛知県の出身である。10日目に全勝で新横綱「白鵬」を破ったあたりから、大関昇進はぐっと現実的になり、あわよくば優勝も視野に入るようになった。11日目には朝青龍、白鵬、琴光喜の3人が11勝1敗で並んでいた。ここで大関昇進のみならず、優勝もして故郷に錦を飾りたかったはずだ。

白鵬は13日目と14日目に相次いで破れ優勝圏外に去った。朝青龍と琴光喜が13勝1敗で並んで千秋楽を迎えた。先に土俵に上った琴光喜は稀勢の里と対戦した。前頭7枚目ながら小結復帰を図りたい稀勢の里との一戦は、実に力のこもった真剣勝負の相撲だった。結果、琴光喜は負けたが、観衆は両力士に惜しみない拍手を送った。

そして最後は東西両横綱の対決となった。ここで朝青龍が負ければ、琴光喜との優勝決定戦になるはずだった。観衆の誰もが、琴光喜・稀勢の里戦のような力のこもった相撲を期待した。ところが、立ち上がって3秒ぐらいで白鵬が押し出されてしまった。白鵬の相撲はまったく力の入っていない相撲だった。この時点で朝青龍の優勝が決まった。

テレビカメラは、琴光喜の無念の表情を大写しにした。優勝を逃したことの無念さもさることながら、モンゴル勢の不可解な試合に優勝を攫われたことへの悔しさが滲み出ていた。私も割り切れない気持ちでテレビを見ていた。

相撲とは真剣勝負の15日間である。一つ一つの取り組みには、誰からも後ろ指を刺されない真剣さが漲っていなければならない。談合、配慮などあってはならないのだ。白鵬にしてみれば「どうせ自分には優勝の目はない。ならば、ここでモンゴルの先輩に恩を売っておきたい」と考えたかもしれない。日本の国技をモンゴル人に理解させようというのが所詮無理なのだ。私は完全に反モンゴルになっていた。

おかしな試合は13日目の朝青龍・千代大海戦にもあった。千代大海は明らかに「待った」をしているようだった。しかし、朝青龍はそれを無視して一気に寄り切ってしまった。軍配は朝青竜に上がった。観衆は当然「取り直し」になると考えていた。テレビカメラも審判長の九重親方(元千代の富士)の「物言い」を期待して大写しにしていた。しかし、審判長は「物言い」をつけなかった。

実に後味の悪い相撲だった。朝青龍を責めるわけには行かない。相撲審判制度が機能していないのだ。あのときに、「取り直し」の審判を下していれば、ひょっとして琴光喜は優勝していたかもしれない。なぜこれをしなかったのだ。

それから二週間ほど経って、朝青龍関の二場所出場停止処分のニュースが飛び込んできた。夏の巡業を仮病でサボって無断でモンゴルに帰国し、サッカーを楽しんでいるのがテレビで放映されたからだという。横綱としてあるまじき行為への懲罰であるという。当然な措置と思う。だが、疑問もわいてくる。こうした事態になるまで相撲協会は何をしていたのだ。

長らく朝青龍の一人横綱の時代が続いた。横綱不在にしたくない相撲協会の姿勢が、朝青龍を甘やかせてしまったのだろう。旭鷲山戦でまげをつかみ反則負けにされた後で、旭鷲山の車のサイドミラーを破壊しても相撲協会は処分しなかった。場所前の出稽古で豊ノ海にプロレスまがいの技を仕掛けて全治2週間の怪我を負わせても処分しなかった。

それなのに今回の厳罰は180度の方針転換である。「朝青龍一人横綱の時代には数々の横暴にも目をつぶって来た。だが、白鵬が横綱になったら朝青龍に対する遠慮は要らない。今まで大目に見てきたのを、ここで一気にお灸をすえよう。」相撲協会内のアンチ朝青龍の雰囲気が伝わってくるような突然の変身である。

日本という国は恐ろしい国である。朝青龍は優勝するたびに日本相撲協会から「長くその栄誉を称える」と賞賛され続けてきた。それが、ある日突然、掌を返したように「悪者」にされる。たった一回の失態で「謹慎」処分になり、果ては「引退」を示唆されるような境遇に突き落される。では、相撲協会とはそんなに「ご立派」な組織なのか?

「国技」の御旗の元で相撲協会の近代化は驚くほど進んでいない。「物言い」の制度も陳腐化している。審判員が土俵に上がって判定協議している間に、テレビは審判員より先にビデオ判定をしている。審判員よりもテレビの視聴者のほうが一足早く勝負を知っているのだ。

画像判定の結果と審判員の判定が異なる場合がある。それでも審判員の判定が優先する「怪」をどう説明するのだ。競馬だってビデオ判定をしている。相撲もハイテク化しないと、権威が空洞化してしまう。

なぜ、琴光喜と琴欧州は相撲を取らないのだ。同じ部屋の力士は戦わないという不文律があるようだ。そういえば貴乃花と若乃花の対戦は見たことがなかった。優勝決定戦ではあったが。強い力士を多く抱える部屋の力士は、弱い相手と対戦して優勝できる。こんな歪みの中で優勝をしてもフェアな優勝といえるのか。部屋に関係なく全力士が総あたりで戦ってはじめて優勝が公平に決まるのではないか。

こうした古い因習をそのままにして、朝青龍に懲罰を下せるのか。朝青龍にすれば、「こんな歪んだ業界で、なぜ俺だけが突然こんな厳しい懲罰を食らわなければならないのだ。やっちゃいられないよ。」と思っても不思議はない。ノイローゼに陥るのも無理はない。

相撲協会はまず自己変革をして、フェアなルールで力士に真剣勝負させる組織に変身しなければならない。そうでなければ、自分の不透明さを棚にあげておいて、権威だけで「力士いじめ」する不公正な団体と言われても仕方がないだろう。朝青龍の反省も必要だが、相撲協会の反省も必要だ。それは相撲が日本の「コクギ」として海外でも尊敬され、存続し続けるために必要なのだ。


カリフォルニア州メンロパーク市にて
安藤 茂彌 (2007年8月13日)

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