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最新レポート
日米教育改革競争

日本では教育基本法の改正、いじめによる自殺、高校での必修科目の履修漏れが大きな論議を呼んでいる。安倍内閣発足後の大仕事として、教育再生会議での議論を通じて現行教育制度に大ナタを振ろうとしている。だが、米国も同様に教育制度の改革を進めている。米国の教育制度は日本の教育制度とどう違うのか。米国は教育制度をどのように改革しようとしているのか。

アメリカの初等中等教育は極めて分権的である。教育は州の専管事項とされ、連邦政府は介入を避けてきた。教育に関する実質的な権限は、州の下部組織である学区(School District)の教育委員会に委ねられている。日本では全国一律に6−3−3制をとっているが、この国では各学区が地域の実情に合った制度を採用できるので複数の学制が存在している。地域によって6−3−3制を採るところもあれば、5−3−4制、4−4−4制を採るところもある。

生徒にどの科目を何時間教えるかは学区の教育委員会がこれを決める。州政府がこれに異議を唱えることはない。具体的な教科目編成、教科書の選択、教員の採用は校長の裁量に委ねている。この国では地域によって住民の人種構成と文化背景が大きく異なるので、住民の自治に任せたほうがよいとの考え方が根強くある。

合衆国憲法には教育に関する規定がまったくない。連邦政府には連邦教育省(U.S. Department of Education)があるが、補助的な役割しか果たしておらず、正式な省になったのは1980年のことである。連邦教育省が連邦予算から支出している金額は、全米教育総支出の6%に過ぎず、教育支出の大部分は州とその下部機関が負担している。

この結果どうなったか。あまりにも地域の裁量に任せてきたために、初等中等教育の成果に「ばらつき」が大きくなってしまった。小学校の教師は自分の得意な科目はじっくり時間をかけて教えるが、不得意な科目(例えば算数)には時間を割かない。こうして小学校で九九をしっかりと学んでいない生徒が多く出現し、これがアメリカを数学に弱い国にしてしまった。

こうした制度の欠陥を補正するために、90年代に入って各州は相次いで、各教科の指導内容や知識・技能の到達水準を規定した「教育規準」を制定し、州内で統一テストを実施するようになった。これによって「ばらつき」は減るようになったが、それでも州内の学力平準化しかできなかった。この国では全米レベルでの統一テストは大学入試直前に実施されるSAT(大学進学適性試験)までない。

米国の一流大学の理工学部には外国人留学生とアジア系アメリカ人が溢れ、人口の大多数を占める白人アメリカ人はなかなか入れなくなった。シリコンバレーを中心とする技術開発地域ではこうした事態を憂慮し、連邦政府に教育改革を迫ってきた。その第一弾が、2001年に施行されたNo Child Behind Act(新教育改革法)である。

具体的には@小学三年生から国語と数学のテストを毎年実施することを義務付け、その向上度を連邦教育省に報告させる。A成績不振な公立学校へは連邦補助金を出して支援する。しかし二年続けて不振な学校では生徒の転校を認め、3年続けて不振な高校へは補助金を打ち切る。B教員の質の向上策の具体化を義務付ける等の内容となっている。

これは従来の教育政策から見て大きな転換である。こうした連邦主導策を採らなければならないほど、アメリカの小中高の学力水準は他国に較べて下がってしまった。この政策の効果は徐々に出てきているようで、全国テストで見た数学の水準は顕著に向上してきたと報告されている。特に少数派の黒人とヒスパニックの向上が目覚しいとのこと。

これからは国際レベルでの教育競争の時代に入る。日本の「ゆとり教育」の見直しは大賛成である。米国の一流大学・大学院で日本人留学生が目立ったのは一時代前である。今では中国人留学生、韓国人留学生に押されて目立たなくなってしまった。では初等中等教育で「ゆとり教育」を見直せば問題が解決するだろうか。むしろ大学での「ゆとり生活」はそれ以上に問題なのではないだろうか。

「日本の高校卒業時点の学力水準はアメリカよりも高いが、大学で逆転される」と日米の大学レベルの学力比較をされているある教授は述べられていた。また、「最近の日本の学生はほとんど古典を読んでいないが、アメリカの学生は部分読みではあるが膨大な量の古典に接している」とも述べられていた。

70年代に筆者が米国の大学院に留学して驚いたのは、日々の宿題の多さである。まるで高校生活に戻ったような気がした。とにかく膨大な量の本を読まされるのである。それも「あの本の何ページから何ページまで」「この本の何ページから何ページまでを翌週の授業までに読んでおけ」というのが繰り返される。リポートの提出も多く中間試験、期末試験もしっかり実施される。学部の学生も同様に毎日膨大な量の宿題に取り組んでいた。

日本の若者が本を読まなくなったとの指摘は前々からなされてきた。特に人類の遺産とも言うべき古典に接していないと、心の貧しさを生み、自分の頭で考える能力を鍛えられなくなるのではないだろうか。本を読む時間はどこに消えたのか。それはゲームであり携帯であろう。反射神経を養うことはあっても、心と思考力を養うのには役立っていない。中等教育の改革の後には、高等教育の改革を進めなければならない。

教育改革を進める上で気をつけなければならないのは、学力向上政策の裏側で発生する「負の問題」である。すべての生徒が高い要求水準について行ける訳ではない。落ちこぼれも増えてくるし、登校拒否、いじめ、ニートも増えてくるに違いない。

米国でも政策を転換したことで、いくつかの「負の問題」が出てきたとの報告がある。教師が成果の達成を急ぐあまり、規則に違反する生徒を安易に退学・停学にする処分が増えてきているというのである。銃の取締りを徹底できないこの国では、不良グループを早期に退学させないと教師の身の安全が守れないというのがその理由である。

では退学させられた生徒はどうするのか。この国にはオルタナティブ・スクールと呼ばれる中退者、おちこぼれを専門に扱う学校が用意されている。そこでは個人教授の形態で個別の学習プログラムを組んで生徒の更生を図っている。こうしたことができるのは学校が地域に密着して運営される伝統が残っているからである。日本の教育改革にも地域自治の余地を残していかないと、「負の問題」を円滑に解決できないように思う。

日本では既に「負の問題」が深刻な問題になっている。この国にもいじめはある。しかしいじめによって自殺者が出たという話は聞かない。世界保健機構(WHO)が2001年にいじめの実態を調査した。日米の小学六年生から高校一年生までを対象にした調査である。米国の生徒の30%がいじめを経験していると回答している。

だが日本とアメリカではいじめに対する姿勢が違う。日本の子供たちはいじめが悪いという認識が薄く、倫理観が極めてあいまいという調査結果が出ている。「いじめは絶対にいけない」と回答したのは、米国では94%であるのに対し、日本では64%と少ない。「止めに入る」と回答した比率も、米国では44%に対し、日本では25%と少ない。世界保健機構は、日本の生徒に「いじめは悪である」という倫理教育を徹底してないことに原因があると指摘している。

高等教育(大学以上)の水準の高さに定評があるアメリカが、初等中等教育で挽回してきたら本当に手ごわい国になる。ベビーブーマーの高齢化で人口減少が日欧の共通現象になるなかで、米国だけは人口が増加している。人口が減少してもなお国際競争力を維持していくために、日本の今回の教育改革は失敗のできない改革である。ただ、改革の成果を急ぐあまり「負の問題」が今後更に強まることも視野に入れなければならない。日本の教育論議では是非、「負への対応策」も活発に行ってもらいたいものである。



カリフォルニア州メンロパーク市にて
安藤 茂彌
日経ネット・企業・コラム・海外VBトレンドに掲載(2006年11月7日)

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