アルカイダ育ての親
11日で同時多発テロから5年が経過した。アメリカ国民をテロから守ることを旗頭に戦ってきたブッシュ大統領が苦境に立たされている。海外で展開されている状況のすべてが米国に不利に働いている。
レバノン戦争では、ヒズボラの抵抗は思った以上に強く、同盟国イスラエルは所期の成果を挙げられないまま、国連による停戦を受け入れざるを得なくなった。イスラエルのオルメルト首相は国内強硬派から厳しい批判に晒されている。一方ヒズボラは「共通の敵イスラエルに対してよく善戦した」とイスラム世界から絶賛を浴びている。その背後にいて評判を上げたのはイランとシリアである。
そのイランは、IAEA(国際原子力機関)からウラン濃縮を中止するように勧告されており、その期限が8月31日に到来した。ブッシュ大統領のなかば脅迫めいた演説を無視するかのように、イランの回答はNOだった。これにより国連安保理で何らかの制裁が講じられるはずであるが、具体策を決められないでいる。ヒズボラの勝利以降、イランの地位が向上したことが同国を強気にさせているようである。
次にイラクに目を転じてみよう。イラクの状況はますますひどくなっている。スンニ派、シーア派、そして海外からの侵入者の間での戦闘は激しく、毎日数十人のイラク人死亡者が出ている。一旦は政権が確立したように見えたが、各派の閣僚ポスト争いで頓挫してしまった。米国政府はこれを「内戦」と呼ばれることを極端に嫌っているが、報道機関は既にこれを「内戦」と呼んでいる。
加えて、アフガニスタンがこのところ注目されている。タリバン掃討作戦、ウサマ・ビンラディン掃討作戦を展開したのは5年前である。ウサマ・ビンラディンはいまだに捕まっておらず、タリバンが勢力を盛り返してきている。同国の主要産業は麻薬の原材料ケシの栽培と密輸であった。これをやめさせて通常の農業従事者を増やすべく、米国、英国、日本、ドイツなどが様々支援をしてきたが、タリバンの妨害によって進んでいない。逆に、今年のケシの収穫量は空前の豊作になったと報じられている。
なぜブッシュ政権はこうした状況に置かれてしまったのか。同時多発テロが起きた直後には、世界の人々は皆アメリカに同情したではないか。多くのアラブ人もアメリカに同情していたではないか。そうした人々がいまはアメリカに同情を寄せなくなっている。アラブ人のアメリカに対する憎悪は根深く、怨念に近いところにまで達している。
世界の人々の同情は、アフガニスタン侵攻まではまだあった。流れが変わったのはイラク侵攻だった。フセイン大統領(当時)が大量破壊兵器を隠していると決めつけ、国連主導で進めることができた対イラク政策を、アメリカ単独主導の先制政策を採った時から世界の世論はアメリカに背を向けるようになった。イラクに民主主義を植えつける大義名分の衣をかぶりながら、実はイラクの石油略奪を目的とした侵略戦争であることが誰の目にも明らかになったからだ。
近々ブッシュ暗殺をテーマにした英国のドラマ「Death Of A President」が上映されるという。2007年にシカゴでテロ撲滅の演説を行った後、シリア生まれのアラブ人に殺されるストーリーである。暗殺シーンが最近テレビ公開された。CGを使って実写シーンを補正したものであるが、顔はブッシュ大統領その人で実に生々しい。現職の大統領の暗殺劇が上映されるのは極めて珍しい。
ブッシュのテロ対策の甘さのひとつに「技術への過信」が挙げられる。精度の高い最新鋭ミサイルを多数撃ち込めば戦争に勝てる。搭乗者をスクリーンする精度の高いセキュリティ機器を開発すれば、航空機を使ったテロ攻撃を防げる。分析機能に優れた電話やメールの盗聴機器を開発すれば、テロ謀議を未然に防げる。だがそのいずれも完璧を期すことは難しい。
ヒズボラのようにトラックに積んでミサイルを発射し、その後に地下に兵器を隠すゲリラ戦法には、GPS搭載のミサイルは無力である。下手にGPSを信じて撃ち込めば、民家を誤爆することになる。爆弾を体に抱えて民衆の間に忍び込み、突然爆弾を破裂させる自爆テロは、どの技術を使っても対応の仕様がない。
空港での搭乗者のセキュリティ・チェックにPuffersと呼ばれる機器が導入されつつある。搭乗者の衣服に圧縮空気を吹きかけて、散乱する気体を瞬時に解析して化学物質を検出する機器である。だが、密閉された容器に入った液体を外部から検出する機能はない。テロリストの手口がわかってから、対策技術を開発する完全な後追い体制になっている。その上、開発されてから実施に移されるまでに相当な時間がかかる。
米国内へ持ち込まれる海上荷物のチェックは依然行われていないし、原子力発電所への攻撃を防ぐ手立てもなされていない。いたるところに穴はある。そもそも世界一の経済大国が物流と人流のすべてを一つ一つチェックすること自体、所詮不可能な話である。
電話やメールの盗聴は、国家安全保障局が中心になって行われている。同時多発テロの直後に、大統領は個人の電話やメールを検閲する超法規的権限を議会から与えられて検閲を行ってきた。これが今年6月に裁判所から憲法違反との判断が下された。大統領はアメリカ国民をテロから守るには絶対必要との声明を出したが、今後何らかの対応を迫られよう。
一方で、こうした検閲は効果が上がるのかとの疑問が出ている。電話会社は電話番号と通話時間だけを国家安全保障局に提供しているとしているが、データベースをマイニングして容疑者を特定化できるほど簡単な話ではない。ウサマ・ビンラディンはとっくの昔に、携帯電話を使わなくなっているし、情報の伝達にはDVDやCDを部下のメッセンジャーを使ってテレビ局に持ち込んでいるといわれる。
この夏にロンドンで起きた航空機爆破テロ計画の容疑者の逮捕劇を、ニューズウィーク誌は次のように報じている。英国諜報機関、米国のCIAとFBI、それにパキスタン政府が協力して英国に在住するアラブ人をリストアップし、これを常時監視する体制を敷いてきた。こうしたネットワークで監視するうちに通報者が現れる。その通報者を取り込んで更に情報の精度を上げていく。今回の事件では容疑者に目星をつけてもすぐには逮捕しなかった。
アルカイダは常に実行の前にリハーサルをするという。この習性を知っていたのでぎりぎりまで容疑者を泳がせた。容疑者の一人がインターネット上で航空券を購入したときに、捜査当局が一斉に家宅捜査に踏み込んだ。まさにきめ細かい人海戦術である。こうした逮捕劇を遂行するには電話とインターネットの盗聴は不可欠であろう。だがハイテクというよりはローテクである。
ブッシュ政権は今までに多くのアルカイダ・メンバーを拘束したり、殺害したりしてきた。しかし、たとえリーダーがいなくなっても、アルカイダ・メンバーは増え続けている。志願者は多いのである。女性の志願者も出てきている。こうしたメンバーの中から次の指導者が出てくるであろう。
テロを重ねるうちにアルカイダの戦術も段々高度になってきている。空港の探知機で検知されない爆発物の開発も進んでいるし、これの持ち込み方法も研究されているという。そして、こうした最新手口の実験場がイラクの戦場になっているそうである。
アルカイダとこれを追う国際諜報ネットワークとのイタチごっこは、これからも続く。テロの再発を未然に防ぐ方法は以前に較べれば進歩したが、それでも万全というには程遠い。テロの脅威自体は依然高い水準で存在する。こんな世の中に誰がしたのか。それはアラブ人を徹底的に敵に回したブッシュ政権である。アルカイダの育ての親はウサマ・ビンラディンだけではない。本当の育ての親はブッシュ大統領その人である。
カリフォルニア州メンロパーク市にて
安藤 茂彌
日経ネット・企業・コラム・海外VBトレンドに掲載(2006年9月13日)
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