中国脅威論の背景
シリコンバレーでは中国脅威論が依然根強い。ICと揶揄されるようにインド人と中国人が大活躍をしている。だがなぜか中国人への風当たりが特に強い。その根拠は何であろうか。その脅威はいつ現実化するのだろうか。中国は日本にとっても脅威だろうか。アメリカ国内で仄聞(そくぶん)した情報を元に検証してみた。
優秀さが人種によって違うことはあまり知られていない。日本国内にいると周りがすべて日本人なので国際比較ができない。だが、米国は人種の坩堝(るつぼ)である。人種による差が目に見える形で出てくる。これが人種による差なのか、それとも経済力格差からくる教育機会の差によるのかは微妙な問題である。しかし一歩間違えば人種差別につながりかねないテーマだけに、議論は慎重に行われている。
だが、現実問題として大学入試を自然体で行うと白人ばかりが合格してしまう。黒人は人口の18%を占める二番目の一大グループである。放置しておくと黒人の地位が益々低下してしまう。こうした危機感から黒人団体が運動を続け、アファーマティブ・アクションといわれる法制度を勝ち取ってきた。これは黒人等のマイノリティ(少数人種)に一定の入学者数を確保する規制である。この規制は今までも多くの大学が採用している。
アジア人は米国内で人口の5%未満しかないマイノリティである。この人種がいまアメリカの一流大学に続々と進学している。白人を凌駕する勢いがある。ただし、文系と理系では事情が異なる。文系ではまだまだ白人が大多数を占めているが、理系になるとアジア人が俄然優位になる。アジア人の中で中国人の数が極めて多い。インド人も多いが中国人のほうがもっと多い。日本人は数の上では少ない。
この結果、MIT、スタンフォード、カリフォルニア大学バークレー校等の一流大学の工学部、理学部、医学部では中国人、インド人、日本人、韓国人が4−5割を占めるにいたっている。白人もいるが、その中にはユダヤ人が多く含まれており見分けがつかない。また、欧州から留学してきている白人も多い。アジア人、ユダヤ人、留学生が理工学部、医学部といった学部で一大グループを形成しつつある。
なぜアジア人が理系に強いのか。よく言われるのは、白人には学習をするうえでのディシプリン(規律)が欠けているからだという。数学や科学には繰り返し反復する部分と時間をかけて解答を出す部分がある。そのいずれにも訓練と忍耐力を要する。白人は創造性や発表能力を重んじる余り、忍耐力を磨く訓練を行っていないからではないかと言う。
大学、大学院レベルでのアジア人の躍進、分けても中国人の躍進が中国脅威論の背景にある。中国人家庭は教育熱心なことで知られる。マイノリティである中国人は猛勉強して良い大学に進学し、博士号等の高い学位をとることがアメリカで成功する唯一の道であると考えている。高学歴を武器に早く財産を築き、アメリカの市民権をとり安定した生活を送ることを理想としている。
日本人はどうか。筆者の周りには日系人が少ないので良くわからないが、日本から赴任してくる日本人家庭では中国人同様に教育熱心である。だが、彼らの目標は子供が英語も話せるようになり、日本に帰って就職面で有利にさせることにある。日本国籍を放棄する日本人は少ないし、アメリカで市民権を取る人は稀である。むしろグリーンカードを取得して自由に日米間を行き来できるようにしておきたいと考える。日本人はあくまでも日本人であり続けたいと考えるのに対し、中国人は強いアメリカ人になりたがるのである。
日本人と中国人に能力差はあるのか。ミシガン大学の大学院で教鞭をとる方に伺ったところ、能力差はないが研究意欲に差があるという。これは中国人特有の金銭感覚が関係しているという。中国人は学位を取るのに必要な範囲しか研究しないが、日本人は興味本位で間口を広げていく。またスタンフォード大学に留学してきている日本人サラリーマンは中国人の個人主義を指摘する。中国人は研究成果を他人と分かち合おうとはしないが、日本人は重要と考える研究には個を捨てて共同研究に邁進する点が違うという。
中国が国家として推進しているいくつかの政策も米国の脅威論を助長する原因となっている。まず、教育制度の拡充政策である。中国国内の大学生と専門学校の学生数は過去5年間に3倍に増えているとのレポートがある。しかもその過半数が理工系で、毎年の卒業者数は32万人に達する。これに対し米国の理工系の卒業生数は6万人で、その数は年々減少傾向にある。理系の学部に入学した学生の4割が途中で文系に転向するからである。
いまアメリカのスーパーでは中国製品が溢れている。衣料品、日用品がMade in Chinaは当たり前で、工業製品でもMade in Chinaが増加している。米国の対中貿易赤字は増え続けている。中国が自国に有利な為替レート政策を取り続けているのがその原因だとしている。しかし、中国製品を「安かろう悪かろう」と評価する向きは少ない。
軍事面でもアメリカ政府は中国の政策に注目している。軍事予算を毎年拡大し、東アジア地域で影響力を拡大し、軍事大国の道を歩んでいると見ているからである。有人宇宙飛行を成功させたことも、冷戦時代のソ連を連想させている。教育面、経済面、軍事面のいずれから見ても今の中国は脅威と映るのである。だが、本当にそうだろうか。
米国内での中国人学生の活躍と中国製品のプレゼンスの高まり、また国家としての中国の隆盛は、現象面から見る限りそのように見える。だが、一歩踏み込んでみると、米国の優位性が一気に崩れるとはとても考えられない。
中国の学生数が多いといっても、その大部分が、大学、高専レベルの話である。大学院レベルになると中国の大学院は存在感すらない。アメリカにはまったくかなわない。先端技術分野の主戦場は既に大学院に移っている。その上、清華大学、北京大学といったトップクラスの大学の卒業生の三分の一は米国に来ているという。頭脳流出が中国国内で問題になっているという話を北京大学の卒業生から聞いた。
トップクラスの大学の卒業生はベンチャーを作っているようであるが、それも携帯電話のアプリ、ゲームといった分野が多く、ナノテク、バイオはまだまだこれからとの話もよく聞く。中国国内では、ITサービスが主体でIT開発は少ない。しかも中国国内ITサービスの最大手はIBMで、二番手にはインドのTata Group等が位置する。中国国内企業には中小企業が多く、突出した企業はまだ現れていない。
アメリカの技術記者が、インドと中国のIT技術力の違いを観察した記事を読んだが、インドがソフトウェア開発に圧倒的な強みを持っているのに対し、中国の強みはむしろハードウェア絡みにあるとしている。アメリカのソフトウェア開発のアウトソーシング先は圧倒的にインドであるが、インドの賃金が上昇してきたので他国に分散する傾向が出ている。分散候補先に東ヨーロッパ、ロシア、南米、フィリピンの名前が挙がっていても、中国の名前は挙がって来ない。英語でのコミュニケーションに障害が多いからだという。
では、中国は日本にとって脅威なのだろうか。理工系の卒業者数を比較してみよう。中国32万人、日本20万人、米国6万人の順になる。これを人口比で見ると、0.02%、0.15%、0.02%と、日本が両国に一桁違う優位性を持っている。増加率で見ると、中国の急増、日本の微減、米国の純減となる。中国の急激な増加率を加味しても、中国が日本の水準に達するには時間がかかりそうである。
アメリカの中国脅威論は長期的には意味のある議論のように思えるが、短期的にどうこう言う議論ではない。むしろ脅威の原因はアメリカ国内の事情によるところが多い。アメリカでは70年代、80年代を通じて“日本脅威論”が盛んだった。これが90年代にはぴたっと収まり、今は“中国脅威論”に取って代わっている。アメリカという国は他国の脅威を煽りながら自らを鼓舞する国なのだ。
カリフォルニア州メンロパーク市にて
安藤 茂彌
日経ネット・企業・コラム・海外VBトレンドに掲載(2006年4月3日)
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