ITは死んだのか
1月12日にシリコンバレーの代表的なベンチャーキャピタリストが集合した。当地で有力者を招いて話を聞く会合を企画しているChurchill Clubが主催したパネル討論会である。シリコンバレーの新年会も兼ねている。議題は「2006年の10大技術トレンド」である。
演台に座ったベンチャーキャピタリストは、Kleiner Perkins Caufield & ByersのJohn Doerr、Draper Fisher JurvetsonのSteve Jurvetson、Integral Capital PartnersのRoger McNamee、Accel PartnersのJoe Schoendorf、Hummer Winblad Venture PartnersのAnn Winblad、そして司会はTony Perkinsである。シリコンバレー・コミュニティーの錚々たる人々の集まりである。
Kleiner Perkins Caufield & Byersは略してクライナー・パーキンスと呼ばれ、その代表的なパートナーがジョン・ドアである。同社はベンチャーキャピタルの老舗中の老舗で、今までにサン、アマゾン、インテューイット、ベリサイン、グーグル、ジェネンテックといった有力企業を育ててきている。スティーブ・ジャーヴィソンは早くからナノテクノロジーの重要性を訴えてきた若手ベンチャーキャピタリストである。
ロジャー・マクナミは、インテグラル・キャピタル・パートナーをはじめいくつかのVCファンド、プライベート・エクイティ・ファンドを立ち上げ、エレクトリック・アーツ、サイベース、ランバス、フレクトロニクス等に投資し、目覚しい投資実績を挙げてきている。同時に、ギタリスト、シンガーとしてCDを出している。ジョー・シェーンドーフは、世界経済フォーラムのパートナーで、日本の経済産業省のコンサルタントをやったことのある国際派ベンチャーキャピタリストである。
ハマー・ウィンブラッドは、ソフトウェアに特化して成果を挙げているベンチャーキャピタル会社で、創立者のアン・ウィンブラッドはマイクロソフトのビル・ゲーツのガールフレンドであったと言われる。司会者のトニー・パキンスは、かつてシリコンバレーにいる人なら誰でも読んでいたレッド・ヘリング誌を創刊し、インターネット・バブルをいち早く指摘して警鐘を鳴らした人物である。現在はオルウェーズ・オンというネット・コミュニティーを運営しているシリコンバレーの重鎮である。
パネル討論会は、5人のパネリストがそれぞれ2問ずつトレンド予測して、他のパネリストがこれに賛否の意見を述べてディスカッションを行い、最後に会場の出席者に賛成か反対かの挙手を求める形で進められた。
まず、ITについての考え方が討議された。ITは死んだのか?否、死んでいない。ITは十分に発達して、産業界で言う、鉄鋼やセメントのようなものになった。即ち、産業を支える素材となったのだ。時代は素材の開発から、素材を使う時代に変化した。電子産業はITを素材として、新たな価値を作り出し、更に大きな発展を遂げるであろう。
ITの進化でわれわれは既に十分な情報を持っている。むしろ情報の洪水が生じて、忙しくなってしまった。これからの必要な技術は、個人がより多くの時間を持てるようにする技術、或いは、個人が時間を有効活用できるような技術ではないだろうか。
これから一年半ぐらい経つと、マイクロソフト、SAP、オラクルといった企業のアプリケーション・ソフトウェア業界での優位性が揺らいでくるであろう。オープンソース・ソフトウェアが浸透すると同時に、ソフトウェア自体が、ポイント・ツー・ポイントからピア・ツー・ピア、更にはコラボレーションへと変化するであろう。
音声通信はデータ・ネットワーク上のVoIPになり、無料になっていくであろう。都市部のワイヤレス・データ・ネットワーク用に音声を使ったキラー・アプリケーションが多く開発されるであろう。
世の中から有線が消え、無線ですべての機器がつながる時代が来るだろう。家庭に残る唯一の有線は電力線で、これ以外はすべて無線になる。家庭のネットワークは電力線を使ったものにドンドン移行していくであろう。
中国が台頭するであろう。中国は単に低コストの生産国にとどまらず、低コストの技術開発国になっていくであろう。なぜなら、工学部卒業者が米国は6万人しかいないのに対し、中国には30万人もいる。米国は明らかに教育に失敗した。そのため米国は世界をリードする技術開発国の座を他国に明け渡し、他国で開発された技術を追っていく追随国になるであろう。
これから売れる情報機器は、単に技術が優れているだけでは駄目である。見た目の美しさ、使い勝手の良さ等が備わっていなければならない。iPodの成功がよい例である。MP3プレーヤーから、電話機端末、ラップトップにいたるまで、売れる製品はすべてデザインが優れた製品となるであろう。
IT以外で注目を要するのは、バイオと環境である。科学とテクノロジーの分野で画期的な開発はバイオで出てくる。これはバイオから派生した科学技術と、バイオに着想を得た科学技術である。また、環境問題は今後世界の注目を集め続けるであろう。この地球をクリーンで潤いのあるものにする技術がますます重要になろう。
パネリストと会場から反対意見が多かったのは、「マイクロソフト、SAP、オラクルの優位性が一年半で揺らぐ」との発言と、「米国が追随国になる」との発言であった。
オープンソースの普及はわかるものの、ピア・ツー・ピアや、コラボレーションの普及で、企業の根幹となっているエンタープライズ・ソフトウェアが一気に凋落するとは考えにくい。筆者にとっても違和感があったが、会場の参加者からの賛同も少なかった。当日は大手ソフトウェア企業の従業員が多数参加していたことも、賛同が少なかったことの一因であると思われる。
米国が追随国になるとの発言には、他のパネリストが猛烈に反論した。曰く、70年代に米国電子産業が日本に負けそうになったときに、インテルはメモリーから撤退して、マイクロプロセッサに方向転換して、いまだにリーダーの地位を失っていないではないか。デトロイトは確かに凋落した。しかしシリコンバレーは凋落していない。シリコンバレーには難局を乗り切る「知恵」があるのだ。
どこの国でも同じである。自分の立場に脅威が出てくるとなると猛烈に反対するものである。だが、こういったオープンなディスカッションができるところがシリコンバレーらしい。賛否両論が飛び交う喧騒の中で本会はお開きになった。参加者みなが元気をもらった新年会であった。同じテーブルの参加者と握手して筆者も退席した。筆者が握手をした人の半分は、インド人と中国人であった。
カリフォルニア州メンロパーク市にて
安藤 茂彌
日経ネット・企業・コラム・海外VBトレンドに掲載(2006年3月6日)
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