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最新レポート
見捨てられたアメリカ人

「これがアメリカなのか」。ハリケーン・カトリーナが襲った後のニューオリンズの光景を目にして驚いた。アフリカのソマリア、ザンビアと変らないではないか。政府の対応の遅れもアフリカ並である。水や食料のない日が四日間も続いた。最初に水や食料が到着するのかと思ったが、まず到着したのは銃を構えた兵士であった。まさに、アメリカ兵がアフリカに乗り込んだような光景である。

この国には貧困層(below poverty line)が3700万人いる。貧困層の規準は家族構成数によって異なるが、家族三人の場合、年収14,680ドル(161.5万円)未満の層を指す。人種別に見ると、黒人人口の24%、ヒスパニック人口の22%、白人人口の8%が貧困層に属する。3700万人の内訳を見ると、白人1600万人に対し黒人900万人と白人が多いが、これは人口比率が白人72%に対し黒人が12%と少ないためである。

アメリカの貧困比率を主要国と国際比較してみよう。各国で所得が最も低い10%の人口が、その国の国民所得に占める比率を見ると、日本4.8%、独・仏・伊・英3.2%―2.1%、米国1.9%の順になる。所得の分配において日本が最も平等な国である。米国は先進国中最下位で日本の半分以下である。米国は所得分布が最も不平等な先進国である。

ニューオリンズはジャズのメッカである。だから黒人比率は66%と高い。しかし、90年代に多くの黒人がニューオリンズを離れて、ジョージア州アトランタ、テキサス州ダラスに移住した。学歴が高ければ高いほどニューオリンズを離れる傾向があるといわれる。移住者の多くは新天地でIT・石油に関連する職を見つけ貧困層から脱却した。

ニューオリンズには他の都市へ移住できない人が残った。ニューオリンズは観光ぐらいしか産業のない寂れた町になってしまった。人口の1/5が貧困層で、車を持っていない人が5人に一人いる。人口50万の大都市で、10万人が貧困層で、避難勧告が出ても自力で脱出できない人が10万人もいるのは驚くべきことである。

ニューオリンズ市の中心街は海抜ゼロメートル地帯にある。南はミシシッピー川、北はポンチャートレイン湖に囲まれ、水が市内に侵入するのを防ぐため周囲に巨大な堤防が築かれている。この堤防はもともとカテゴリー3のハリケーンに耐えられるように設計されているが、カトリーナは、カテゴリー4のハリケーンであった。

市は古くなった堤防を毎年修理・補強しながら使ってきたが、連邦政府に申請した修理予算がここ2-3年は減額されるようになった。市は昨年、堤防修理予算として1億500万ドル申請したが、4000万ドルに減額された。ブッシュ政権としてはイラク戦争と減税に予算を廻したかったのである。また同市に住む貧しい人々の多くは民主党支持者であることも、予算の優先順位を落とされる要因になったと考えられる。

予算面では冷遇されているにも拘わらず、連邦政府への貢献度は高い。ニューオリンズ市のあるルイジアナ州全体では、州兵の1/3と車両等の設備の半分をイラクに送り込んでいる。このため、災害復旧に充当できる州兵と車両が足りなく、十分な救助活動や治安維持活動ができない状況に置かれていた。

カトリーナがニューオリンズに襲来しているときに、ブッシュ大統領は隣のテキサス州の自宅で休暇を取っていた。ワシントンに戻ったのは二日後である。チェイニー副大統領もワイオミング州で休暇をとっており、被害の状況を聞いても休暇を中止しなかった。ライス国務長官はニューヨークの高級デパート、サックス・フィフス・アベニューで靴を買い、その後ブロードウェイでミュージカルを楽しんでいた。

ブッシュ大統領が現地を飛行機の上から視察したのはハリケーンの襲来から2日後である。現地に降り立ったのは4日後である。その間に、災害に会った人への見舞金を集めるために、父親ブッシュとクリントン前大統領を担ぎ出した。これはインドネシアの津波の支援活動と同じであった。「私たちはインドネシア人ではない、アメリカ人である」と被害者が感じたとしても不思議はない。

災害救助にあたる連邦緊急事態管理庁(FEMA)は、テロ対策にあたる国土安全保障省に吸収され、現在はその一部になっている。その結果、FEMAの幹部には災害救助の実務を経験したことない人が多く就任している。中には、ブッシュ大統領の選挙参謀を勤めた人もおり、素人の集まりと言って良い。

FEMAは、災害救助は基本的には州政府の仕事であり、それでも足りない場合にFEMAが補完するという立場を貫いていた。ただし、ホワイトハウスがこれは連邦政府の仕事であると宣言すれば話は違ってくるとのスタンスであった。

この点が2001年9月11日のテロ事件と大きく違う。テロ事件では、陣頭指揮に立ったジュリアーニ・ニューヨーク市長(当時)を連邦政府は手厚く支援した。今回のハリケーンでは、ネーギン・ニューオリンズ市長(民主党)、ブランコ・ルイジアナ州知事(民主党)は、最初から今回の災害は市と州の自力救済では不可能と判断して、連邦政府に支援を求めた。しかし、政府の反応は冷たかった。
ホワイトハウスは当初、州の権益に立ち入るのを躊躇していた。連邦政府が主体となって災害復旧支援すると決定するのに実に2日間を費やしている。その後のFEMAの支援方法も官僚的であった。要請内容が不明確だとか、手続に不備があるとの理由で支援開始がどんどん遅れていった。また、食料・水よりは治安維持を優先したために、被災者はまず銃を突きつけられることになった。

今回のブッシュ政権の対応には多くの批判が集まっている。更に、ブッシュ大統領の母親バーバラ・ブッシュの発言も論議を呼んでいる。アストロドームに避難している被災者を視察した後で、「あの人たちはもともと最下層の(unprivileged)人々。アストロドームは彼らには十分よ。」と見下したような発言をしたことも彼らの神経を逆撫でした。

ブッシュ大統領二期目の選挙スローガンは、“思いやりのある保守主義”であった。今回の対応を見て多くの人はブッシュの“心の内”を見た。支持率は更に下がって40%を切った。今まで政府寄りの報道が多いと批判してきたアメリカ人は、「テレビとブッシュのどちらを信じるか」の問いに、7割の視聴者が「テレビを信じる」と回答している。

カトリーナの引き起こした災害の復旧には3300億ドル(36兆円)かかるとの試算がある。今年イラクとアフガニスタンにかかる戦費は7000億ドル(77兆円)に達する。米国政府にとっては予期せぬ巨額な財政負担である。ブッシュはこれらの復旧費をどうやって捻出するのだろうか。カトリーナは、アメリカ社会の底辺でもがいている人々が、口先だけの大統領に突きつけた“怒りの請求書”である。


カリフォルニア州メンロパーク市にて
安藤 茂彌
日経ネット・企業・コラム・海外VBトレンドに掲載(2005年10月3日)

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