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最新レポート
お金の使い方、シリコンバレー流

シリコンバレーには億万長者がたくさん住んでいる。それも数億円程度はざらで、なかには数百億円、数千億円の金持ちもいる。昔から金持ちだった人よりは、当地でベンチャー投資に成功して金持ちになった人が圧倒的に多い。ストックオプションが広く使われているので、ベンチャーで働いている従業員が、会社の上場である日突然金持ちになることがある。オラクル社に長く受付嬢として働いてきた女性が数十億円の金持ちになった話を聞いたことがある。

こうした金持ちはどうやってお金を使っているのであろうか。食事に贅沢をしているようには見えない。高級レストランは数少ない。けばけばしい超高級車に乗っている人も見かけない。ネオンサイン華やかな歓楽街はない。着飾った女性が隣に座ってくれるようなクラブは皆無である。勿論ギャンブルするところはない。シリコンバレーの夜は静かである。

不思議に思って周りの人にそれとなく聞いてみた。返って来た答えは意外だった。“女”と“ギャンブル”だと言う。ただ、これには説明を要する。普通の意味ではない。

カリフォルニア州で離婚をすると、夫は妻に結婚期間中に蓄財した財産の半分を分与しなければならない。“女”にがっぽりと持っていかれるのである。築いた財産は土地建物、株式投資、現金、貴金属等さまざまであろう。これを半分に分割するときにどちらが何を貰うのかが協議の対象になる。妻は圧倒的に土地建物、現金に固執する。夫が行なった株式投資、ストックオプションには全く興味がない。

株式、オプションの投資先は多くの場合未上場企業である。上場するか、上場企業に買収されない限り換金性のある投資にはならない。これらの先に投資した夫にはそれなりの事情と深い思い入れがある。だが女性にとってこれらは紙切れでしかない。妻は夢を追うよりは目に見える“物”で配分されることを望む。土地建物、現金は自然と妻に渡り、夫の手元には未上場株式、オプションが残る。

インターネットバブルの絶頂期に離婚した夫には悲劇が待ち受けていた。投資した先がドットコムでバブル破裂後に倒産した場合、その価値はゼロになる。離婚協議時にはそれなりの価値があると算定されたにも拘わらず、倒産すれば単なる紙切れである。土地建物は妻の手に渡っているので、借家に住むしかない。家賃が追い討ちをかける。夫は一気に億万長者から無一文に転落する。

妻のほうは、土地建物といった実体資産を貰っているの値下がりしたとしても3割程度である。時が経てば再度値上がりする可能性もある。総じてシリコンバレーの土地は高い。私が住むメンロパーク市では5億円以下の物件が多いが、隣町のアサトン市では5億円以上の物件が圧倒的に多い。何しろ一区画が広いのである。同様の超高額物件は、ウッドサイト、ポルトラバレー、ロスアルトスヒルズといったシリコンバレーの丘陵地帯に散在している。家も広く、ベットルームが数十室あるお屋敷もある。

そこにどんな人が住んでいるのかは分からない。アメリカの一軒家には門札がない。表から見ると番地だけしかない。そこに誰が住んでいるのかは表からは分からない。こうした家々に女性が一人で住んでいる場合もかなりあるといわれる。夫に先立たれて一人になった老婦人の場合もあるが、離婚した中年女性の一人暮らしもある。彼らのことを“離婚富豪”と呼ぶ。

では、“ギャンブル”の正体は何なのであろうか。シリコンバレーにはエンジェル投資家と呼ばれる人が多く住んでいる。ベンチャー企業が立ち上がる初期段階に数千万円単位で投資する人々である。彼らの多くはベンチャー企業を立ち上げて成功して大金持ちになった人々である。

シスコ、インテル、アップル等に勤めていて大金持ちになった元社員もエンジェル投資家の一角を形成している。彼らは今でも自分の社員番号を誇りに思っている。社員番号は入社順に割り当てられるので、社員番号が100以下の人はかなりの金持ちと見て間違いない。

こうした人たちがベンチャー企業の立ち上がりを支えている。ニューハンプシャー大学が調べた資料によると、2003年に全米のエンジェル投資家が投資した金額は182億ドル(約2兆円)に上る。ベンチャーキャピタル(VC)が同年に投資した総額は181億ドル(約2兆円)なので、ほぼ同規模の資金が投資されていることになる。

エンジェル資金の半分の90億ドル(約1兆円)がベンチャーの事業立ち上げ資金、或いは、成長段階で投資されたと推定される。VCが同段階のベンチャーに投資した額は36億ドル(約4000億円)なので、エンジェルはVCの2.5倍の資金量でベンチャーの立ち上がりを支援していることになる。確かにベンチャーは最初の投資をVCよりはエンジェル等の個人投資家に仰ぐ傾向にある。彼らの資金は事業を立ち上げるのに大事な財源である。

新しい技術なりアイディアを実現するためにビジネスプランを書いて投資家を訪ね回る起業家は2003年に42,000人もいたという。エンジェル投資家はそのうちの一割を支援している。いくら技術が素晴らしく、アイディアが斬新であっても最終的に上場にまで辿り着くベンチャーは極めて少ない。2003年にIPOできたベンチャーは僅かに27社である。M&Aされた企業を含めても300社ほどである。
ベンチャー企業が成長してくるとIPOやM&Aの見込みがある程度立つようになる。この見通しが全く立たない段階でベンチャーに投資するのはリスクが高い。その代わり、株式を安く購入できるのでうまくいったときには数百倍になって戻ってくる。これを“ギャンブル”と決め付けるのはエンジェル投資家に失礼かもしれない。ただ、ベンチャーは様々な理由で躓くし、こうしたことを初期段階から見通すことはそもそも不可能だ。ギャンブル性がないといえば嘘になろう。

2003年といえばVC投資が最も不活発だった年である。エンジェル投資も最も低調であった年と推測できる。それでもVCと並ぶ水準を維持している。以前にはエンジェル投資がVC投資の10倍もあると聞いたことがある。ベンチャーでお金持ちになった人が、その資金をベンチャーコミュニティーに還元する。これがシリコンバレーの生態系であるし、アメリカの強さでもある。

たとえ億万長者になろうとも死後の世界にまでお金を持っていけない。彼らはどのような相続対策を打っているのであろうか。これは秘中の秘である。だが、寄付に相当額の資金を廻す人が多いように思う。

ヒューレット・パッカード社の創立者デイビッド・パッカードは妻と一緒に生前にパッカード基金を作って個人財産の大半を基金へ移行した。この基金は現在52億ドル(5700億円)に達し、毎年2億ドル(220億円)を慈善事業に寄付している。対象としているのは、恵まれない子供達への教育、芸術の振興、貧困の解消、地球環境保全等の研究開発プロジェクトである。ヒューレット基金も同様の活動をしている。

行き着くところ、シリコンバレーの超億万長者が最後に行なうのは、金銭的な見返りが全く無い支出である。彼らが死後願ってやまないのは、人類の幸福と地球の存続である。彼らの“ギャンブル”も最後は宗教的な色彩を帯びてくる。崇高な人生である。



カリフォルニア州メンロパーク市にて
安藤 茂彌
日経ネット・企業・コラム・海外VBトレンドに掲載(2005年7月4日)

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