ホリエモンの勇断とその疑問
ライブドアとニッポン放送・フジテレビの攻防戦が続いた。大相撲三月場所より遥かに面白かった。“平手打ち”あり、“もろ差し”あり、“打っちゃり”ありと技(わざ)も豊富である。裁判所の“物言い”までついて、実に見ごたえのある展開であった。しかしこのドラマを観戦しながら幾つかの疑問が湧いてきた。シリコンバレーから見ると不可解な買収劇なのである。
ライブドアの堀江社長(以下“ホリエモン”)がニッポン放送の経営権を握って企業価値を高めたいとたびたび言明していた。その方法は“ラジオ放送とインターネットとの融合である”と言う。米国でもこの両者を融合しようとする試みは今までにない。ラジオを聴くには耳さえあればよい。手も目も要らない。“ながら族”でも楽しめる。だが、インターネットはそうはいかない。目と手を使わなければならないし、時として耳も必要となる。ラジオとインターネットは元々対極に位置するエンタテインメントである。
テレビとインターネットとの融合ならばまだ考えられ得る。両者ともに目と耳と手を駆使しなければならない。テレビのデジタル化に歩調を合わせて、テレビ画面を見ながらワンクリックで関連データを見る技術は既に実用化されている。視聴者とテレビ局が互いに双方向でコミュニケーションしながら進めるテレビ番組も現れている。ではこれが企業間の連携とどう結びつくのだろうか。
2001年にインターネットの接続業者アメリカオンライン(AOL)が、ケーブルテレビ会社CNNを傘下に持つ米国最大のメディア会社タイムワーナー社と合併し、アメリカオンラインタイムワーナー社が誕生した。当時この合併は時代を象徴する画期的な合併として絶賛された。だがその後、融合らしい融合も見られない間に社員は離散して株価は下がり続け、2003年5月にAOLは同社の一事業部門に格下げされた。社名からAOLの名前も消えた。AOLの創業者スティーブ・ケースは合併会社の会長の座を追われた。
全米四大テレビネットワークの一社ABCを傘下に持つディズニーが一時インターネットに熱心な時期があった。検索エンジンのインフォシーク社を買収してゴー・ドットコムを立ち上げた。やがてヤフーとの競争に敗れ、今ではディズニーグループ各社のウェブサイトにリンクされるだけのサイトになっている。もう1つのテレビネットワークNBCも同様の努力をしたが、いまだに意味のある融合ができずにいる。
全米テレビ局のインターネット進出の歴史は失敗の歴史である。進出の時期はインターネット企業の株価が異常に高かった時期だけに、買収に多額の投資を行い結局は無駄金になった苦い歴史である。これは何を教えているのだろうか。
ウェブサイトとして成功するには、単独で多くの視聴者を集められる人気ポータルになる以外に方法はない。そのためには中立性が何よりも重要である。特定のメディアと融合すれば中立性を失いテレビ局の単なる付属物になってしまう。インターネット事業とメディア事業は一見近そうに見えるが、簡単には融合できない別個のエンタテインメントである。米国の事例はこのことを教えている。
ライブドアは米国の投資銀行リーマン・ブラザーズから800億円に及ぶ買収資金を調達した。売上高108億円、利益12億円(2004年9月期)の企業にしては、多額の資金調達である。ライブドアはリーマン・ブラザーズを引受人として800億円の転換社債型新株予約権付社債を発行した。リーマン・ブラザーズはこの社債を市場価格の9割でライブドア株式に転換できる。
リーマンブラザーズは社債取得と同時にライブドア株式を空売りしていると言われる。高値で空売りして、それを安値で買い戻せば莫大な利益が上がる。ニッポン放送株式を公開買付時のライブドアの株価は450円であった。現在の株価は310円である。450円で空売りして279円(310円の9割)で買い戻せば171円の利益がでる。
空売りしている投資家にとって最も怖いのは株価の上昇である。リーマンブラザーズはこれもコントロールできる。株価が上がってきたら買い戻した株券を市場で売却すればよい。279円で取得した株式を310円で売ればよい。ここでも31円の利益を得て、更に市場に売り圧力をかけることができる。この操作が続く限り、ライブドアの株価が値上がりすることはほぼ不可能である。実際に、買収公表日以降ライブドアの株価はほぼ一貫して下がりつづけている。
株価が下がってくれることはリーマン・ブラザーズにとって好都合である。買い戻し価格が更に下がることで利幅が更に拡大する。正に、リーマン・ブラザーズにとっては“ぼろ儲け”の商売である。おそらくこの取引で200億円以上の利益を上げるだろう。リーマンの担当者のボーナスは楽に数十億円にはなるだろう。だが、ライブドアの企業価値は“ぼろぼろ”になってしまった。企業価値を高めることこそ重要であると公言してきたのではなかったか。
何故こんなに不利な契約をホリエモンは結んだのだろうか。それは自社の体力を度外視して無謀な買収を試みたからである。この社債はゼロクーポン債(利率ゼロ)であると言われる。この条件は金利支払能力に乏しいホリエモンにとっては有難かったに違いない。リーマン・ブラザーズはホリエモンの足元を見て食い物にしてしまった。
今では、株価の大幅な値下がりでライブドアが買収される危険性もでてきた。米国でこんなに株価を下げたら、経営陣は退陣に追い込まれる。仮に現時点で地位を維持できたとしても、公約(テレビとインターネットの融合)を実現できなければやがて厳しい審判がくだる。AOLで見た通りである。
買収劇自体は、ライブドアが挽回するチャンスはまだある。既にニッポン放送の株式を50%近くまで買い進んでいる。過半数を握るのは時間の問題である。ニッポン放送は保有フジテレビ株式をソフトバンクに貸して一時的にライブドアの出鼻を挫いたが、本格的な解決にはなっていない。ライブドアが過半数を握ると事態は大きく変わってくる。
一方で、ライブドアの株価低迷はニッポン放送にとって逆襲のチャンスである。ニッポン放送がライブドアの株を買い進んで株価が上がれば、リーマンは株価上昇を押さえるために売り急ぐはずである。また、社債を株式に転換してライブドアの大株主になったリーマンは株式の長期保有を望んでいない。外資のメディア株取得を制限する動きも出てきている。処分を急がざるを得ない。
ニッポン放送がライブドアの経営権を取得すればこの買収劇は最終的に解決する。だが、伝統的な日本企業であるニッポン放送がこうした大胆な手を打てるのか。これをしないと過半数を取ったライブドアが次の手を打ってくるのは目に見えているのだが。
ライブドアが旧態依然とした日本の産業界に風穴をあけた壮大な買収劇はまだ終わっていない。利害関係者も広がって益々興味深くなってきた。6月の株主総会シーズンに向けて、このドラマは二幕、三幕へと続くだろう。大相撲五月場所も5月8日から始まる。ホリエモンは高見盛か白鵬か。観客をどっと沸かせるようなの大技(おおわざ)が飛び出してくることを期待したい。
カリフォルニア州メンロパーク市にて
安藤 茂彌
日経ネット・企業・コラム・海外VBトレンドに掲載(2005年4月4日)
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