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イラクのIT敗北
武力による米国のイラク侵略は大方の予想通り短期間で終了した。米軍による深夜のバグダッド攻撃をテレビで見ていて91年の第一次イラク戦争と大きく光景が異なっていることに気がついた。前回の戦争では、イラク軍の発射する高射砲が蛍のように夜空に舞う様子が映し出された。曲がりなりにもイラク軍が交戦しているのが読み取れた。これが今回はなかった。ただひたすら一方的に攻撃されて終戦になった。この原因の一つにIT武装の差がある。
過去10年間に米国がITを利用して軍事力の飛躍的強化を図ったのに対し、イラクの軍事力は旧態依然としていた。第一次イラク戦争以降、米国はイラクへのハイテク機器の輸出を禁止したし、国連が加盟国のイラクとの交易を監視していたので、IT化を進められる状況になかったのも事実であろう。フセイン政権は、軍事にインターネットを使うのに熱心でなかったのみならず、一般市民のインターネットの利用は、自由な世論形成を促進する危険な道具と見なしていたようである。
同国にはインターネットへの接続サービスをする国営企業SCIS(State Company for Internet Services)がただ一社だけ存在するが、これも市民が発信する情報をスパイするのが主たる目的であった。フセイン政権は同社を通じてインターネットアクセスを一本化し、衛星で隣国レバノンに発信し、レバノンはこれを更に衛星で米国と英国のインターネット接続サービス業者に発信して、バックボーンへの接続を行なっていたとしている。これは米英にとって極めて好都合であった。
米国の情報筋が、この業者を通じてインターネットで流れる情報を解析したところ、軍の情報とそれ以外の情報とが混在しているのを発見して驚いたとしている。イラク政府の情報に対する無神経さが窺われる。さらにイラクのインターネット・セキュリティーが極めて貧弱なため、ハッカーは容易にイラクのサーバに入って中身を見ることができたと言う。米国国防省(ペンタゴン)は戦闘開始前にインターネットを使ってイラク軍幹部に降伏を促すメールを送ったことを認めている。戦闘が開始されてからは国営企業のサーバにコンピュータ・ウィルスNimdaを送り込んでシャットダウンさせ、その上で米英の業者にイラクへの接続サービスを停止させた。
では両国の兵器システムはどのようなものであったのだろうか。ペンタゴン情報によると、イラクには二つの地対空迎撃システムがあったとしている。ひとつは80年代にフランスから調達したKariと呼ばれるコンピュータ・システムで、ロシアから購入したレーダーとミサイルをコントロールするのに使われていた。もうひとつのシステムは、90年代に中国から購入したTiger Songと呼ばれるネットワーク・システムで、イラク国内の主要軍事拠点を光ファイバーで結び、中国製ミサイルの発射を制御するのに使われていた。即ちイラクの戦闘システムは、国連の安全保障理事会で米英の単独侵攻に反対した仏・露・中の3ヶ国が提供したものである。
米軍は今回の戦争開始時にイラク軍の指揮命令系統を担う通信システムを徹底的に攻撃した。これに使われた特殊爆弾は、HPMとEMGと呼ばれる二種類の爆弾である。前者は、High Power Microwaveの略で、ミサイルの弾頭に取り付けられ、爆発すると強力なマイクロ波を発生させて相手のレーダー、コンピュータ、ネットワークを機能停止させるものである。後者は、Explosive Magnetocumulative Generatorの略で、同じくミサイルの弾頭に取り付けられ、爆発すると周辺に強力な磁場を形成してあらゆる電子機器の機能を破壊してしまうものである。ただHPMもEMGも人を殺戮することはないとしている。
この他にも、電力線を破壊する爆弾も利用された。これはカーボンファイバーの糸を使って電力線をショートさせて停電に追い込むもので、これも指揮系統を叩くには有力な道具であった。戦闘が停止してもバグダッド市内では2週間にわたって電力が復旧せず、イラク国民の厳しい非難を浴びた。推測するに、米軍は破壊した後に自らの手で復旧させることを念頭においていなかったのではないだろうか。
米軍が使った爆弾の種類も豊富であったが、目的物に対する命中率の高さも世界を驚かせた。人口衛星からGPS(全地球測位システム)を使って誤差1メートルの精度で目的物を攻撃できると言う。こうした兵器は、第一次イラク戦争の時には1割しかなかったが、今回の戦争では攻撃の8割にGPSが使われたとしている。地上の諜報機関が捉えたフセイン大統領の所在情報を、上空を旋回中の爆撃機に伝え、これをベースにミサイルが発射され、目的物に届くまでに12分しかかかっていない。まさに驚異的なスピードである
作戦の変更も、気象状況の変化、偵察情報のアップデートに応じて何度も行われた。そのたびに、陸海空師団の戦略配置も最適位置に変更され、前線の兵士に直ちに伝えられたと言う。これには優れたインテリジェンス能力を持ったソフトウェアと高度な無線通信技術を備えたコンピュータ・システムが無ければ不可能である。
誤って仲間を殺してしまうことをFriendly Fireと呼ぶが、戦闘の初期段階でイギリス軍にこの犠牲者が多く出た。米軍が誤ってイギリス軍のヘリコプターを撃ち落す事件がおきた。推測するに米英軍のシステムの連携がうまくいっていなかったからではないだろうか。同じ英語を使っている米英軍なのでコミュニケーションは容易であったと考えられるが、それ以上に重要なのはシステム同士の連携であることを物語っている。
今回の戦争でイラク軍が手も足も出なかったのはよく理解できる。使用されているITのレベルに月とスッポンほどの差がある。イラクは恐ろしいほどにITに無知である。これでは戦争にならない。こうした事態を招いたのはフセイン大統領自身の統率スタイルが前近代的であったことも影響している。彼は疑い深い性格の為、対面による報告を好み、その人物に裏切られていると感じたらその場で撃ち殺すこともあったと言う。これでは、ITの関与する余地がない。イラク軍においてインターネットの利用のみならず、ワイヤレス・コミュニケーションが発達しなかったのも当然であろう。
ブッシュ政権内で支配的なドクトリンとなっているネオコン(新保守主義)の是非に関する論議が今世界中で行なわれている。ネオコンの主張するところは、「一国の指導者を国民が選挙で選ぶ体制を敷くことで国民は最も幸せになれる。こういう体制をどこの国も敷けば、米国のみならず世界の平和と安全に貢献するはずである。」とする、簡単に言えば、"他国へのアメリカ化の押し付け政策"である。単なる主張に留まるならば罪は少ない。問題はこれを武力行使によって実現するところにある。しかも先制攻撃によって実現することも許されるとする。
元々今回の戦争の大義名分は、フセイン政権が持っているとされる大量破壊兵器を放棄させることであった。国連の査察団は何度行っても発見できなかったし、フセイン政権はそうしたものは持っていないと繰り返し言明してきた。それにも拘わらず米国は衛星からの証拠写真と諜報活動で入手したテープを根拠にこれを否定した。戦闘が終結した今、米軍は必死になって大量破壊兵器を発見しようとしているが、現時点では何も発見されていない。これが発見されなければこの戦争の違法性は一段と高まる。証拠のない"でっち上げ"で他国を侵略したことになるからだ。
世界中の人々は世界各地に同時中継された米軍のバグダッドへの攻撃シーンを見て、アメリカの軍事力が他国の追随を許さないまでに発達してしまったことを悟った。ブッシュ政権の持つネオコン思想、米国のでっち上げ戦争を阻止できなかった国連の無力、突出した米国の軍事力の三つを重ね合わせると、アメリカ以外の国家に恐怖の戦慄が走る。21世紀になって、この地球は今アメリカ一国が支配している現実が見えてくるからだ。
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カリフォルニア州メンロパーク市にて
安藤 茂彌
日経ネット・ベンチャー・海外トレンドに掲載(2003年4月28日)
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