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“偽装”民主主義
世界は選挙の話題で揺れている。アメリカの大統領選挙が済んだら、今度はウクライナの大統領選挙である。そして来年1月30日にはいよいよイラクで初の総選挙が予定されている。選挙は言論の自由と並んで民主主義の根幹を形成する制度である。選挙制度が正常に機能しないと民主主義は確立できない。何が正常かはその国の体制によって異なる。
北朝鮮でも総選挙を実施している。金正日主席が毎回ほぼ100%の支持率で民主的に(?)選出されている。対立候補は出現せず、投票用紙には金正日主席の名前しかない。信任するか信任しないかは選挙民が決めることができる。信任、不信任の欄にチェックをすれば良い。しかし信任する欄にはチェックをする欄がない。信任する人は投票用紙をそのまま投票箱に入れれば良い。不信任する人はわざわざ鉛筆をとってチェックをしなければならない。この光景を選挙管理委員が注意深く監視している。
今回のアメリカの大統領選挙では、投票用紙による選挙のほかにタッチパネルを使った電子投票機による電子投票が併用された。オハイオ州の電子投票機は、800人分の投票が自動的に3893票のブッシュ候補への支持票となってアウトプットされた。投票者からの指摘で間違いに気づき、この選挙結果には修正が施された。この修正を行ってもなおブッシュ候補が正当に当選したとしている。
ウクライナではクチマ大統領の後任を決める決戦投票で、ヤヌコビッチ現首相とユーシェンコ元首相が競ったが、49.42%対46.61%の僅差でクチマ大統領に近いヤヌコビッチ候補がユーシェンコ候補を破った。親ロシア政権のクチマ大統領は後任をヤヌコビッチにさせるために陰に回って支援したと言われている。親ECと言われるユーシェンコ候補者の支持者はこの選挙に数多くの不正があったとして、首都キエフの街頭を占拠し、選挙のやり直しを求めている。
この選挙には米国を含めた西側各国が選挙監視団を派遣する異例な選挙であった。一般的に、現政権は自分の望む形で選挙戦を展開するために、その権力を最大限に活用しようとする。ウクライナの選挙もその例外ではなかった。選挙監視団が見た光景は露骨な選挙妨害だった。国営企業で働く従業員はヤヌコビッチ候補への投票を強要され、不在者投票制度を現政権に有利な形で使ってヤヌコビッチ候補を支援した。ウクライナ版のKGBも選挙妨害に重要な役割を果たしたと言われている。
ウクライナは地理的に旧ソビエト連邦の中で西側諸国と国境を接する石油資源の豊かで工業化が進んだ所得の高い国である。自国語を話す西側寄りのユーシェンコ支持者は首都キエフを含んだ国の西部に多く存在し、他方ロシア語を話すヤヌコビッチ支持者の多くは工業化の進んだ国の東部に多く住んでいる。各候補者の支持者層が地理的に偏在する場合には、国家分裂の危機を招く。ウクライナという国家を維持しながら、単一の政権を誕生させるきわどい問題に直面した。
イラクも異なった部族が地域に分かれて住む国である。人口の2割を占めるクルドは北部油田地帯に住み、同じく人口の2割を占めるスンニ派は中央から北部に広がる地域に住み、多数派のシーア派は中央から南部に広がる地域に住んでいる。フセイン政権下で優勢を誇ったスンニ派は、総選挙によって権力が多数勢力のシーア派に移ることを恐れているし、フセイン政権下で抑圧されたクルド人は中央からの独立自治を目指しており、思惑は複雑に入り混じっている。
治安は相変わらず悪い。投票日が近づいた時点での一発のテロ事件が選挙妨害を簡単に実行できる。暴力が跋扈する状態で総選挙をやっても本当に人民の声を反映した選挙になるのか。大きな疑問である。それでも占領軍米国は総選挙を予定通り実施する方針を変えていない。選挙日が近づくにつれ、選挙問題が大きくクローズアップされてくるのは間違いない。
それに較べると日本の選挙は民主主義に根ざしたしっかりした選挙制度であるように見える。本当だろうか。
この国ほど歪な選挙制度を維持している国は他国に例を見ない。過去数十年にわたって都市部に人口が集中し、地方の人口減少が続いているにもかかわらず、国会議員の定数を変えていないのである。人口の変化に応じて議員の定数を変えていくのが世界各国で当り前に採用されている選挙制度である。こうした事態を放置した結果、今ではもっとも過疎な地域と人口が密集した地域とでは一票の格差が5.06倍になってしまった。
各国の例を見てみよう。米国では10%以内、英国では4%以内、ドイツでは15%以内、フランスでは10%以内である。これに対し日本は506%という驚異的な格差である。世界各国が当然に行っていることをやっていない結果こんな歪が生じてしまった。この点の是正を求める裁判が過去に幾度も行われた。それにも拘わらず最高裁は合憲判決を下している。ウクライナでは最高裁が選挙の無効を宣言した。ウクライナは日本よりも司法が独立していると言えよう。
一票の重みの差は政治的な不平等を引き起こす。仮に、ウクライナで東部と西部とで一票の格差が5倍もあったら即座に暴動が起きるだろう。イラクでスンニ派、クルド人、シーア派の一票の格差を5倍にするとしたら、間違いなく内乱に陥るだろう。こんな深刻な問題が日本では国民的レベルで問題視されていない。不思議な国である。日本でこんな事態を続けてこられたのは、日本が単一民族だからであろう。世界の人々が日本の実態を知ったら心底驚くだろう。
昨年11月の衆議院議員選挙で、自民党は144の選挙区で勝利したが、そのうち120の選挙区は地方である。定数を是正すれば自民党と民主党の勢力図は大きく変わるだろう。民意を反映できる二大政党による政治を目指すならば、まず定数の是正をすべきである。そうすれば政治への無関心は減り、投票率は上昇するのではないだろうか。
なぜ是正を行わないのか。現行憲法で選挙区の区割りは立法府の裁量事項とされているからだという。立法府を握る自民党がこれに応じないからできないのである。現行政権が自分に有利な形で選挙制度を維持しようとするのはウクライナだけの話ではない。日本でも同じ事が起きている。どうしても自民党が動かないならば憲法を改正するしかない。だが、一票の格差是正はそこまでしなければならない問題だろうか。
他国は公正な選挙を実現するために多くの努力を払っている。日本はあまりに選挙制度に対して無関心であった。日本はいま世界から学ぶべきである。他の国で当り前にやっていることを、日本でも当り前に実行すればよい。日本が民主主義の先進国であると思って、他国の出来事を後進国のように見なしてはならない。いまや日本国民が自国の“偽装”民主主義に厳しい目を向け、再点検をする時が来ているのではあるまいか。
カリフォルニア州メンロパーク市にて
安藤 茂彌
日経ネット・企業・コラム・海外VBトレンドに掲載(2004年12月6日)
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