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反省は弱さの象徴か

次期大統領には、諸外国の期待を大きく裏切って、ブッシュ大統領が続投することになった。それだけではない。この選挙によってブッシュ大統領の率いる共和党が、上院・下院の両方で過半数を獲得した。正に、大統領と共和党の全面勝利であった。

この選挙はアメリカの国内選挙であると共に世界各国が注目する選挙であった。他国の選挙に口を挟むのは極めて異例である。だが、アメリカのテレビ局は10月下旬にヨーロッパ主要国、中国、ロシアの世論調査を紹介し、世界の7割はブッシュ再選を歓迎していないと報道した。加えて、あのオサマ・ビンラディンまでがアラブ系テレビ局経由で全米のテレビに現れブッシュ批判を行った。「アメリカの安全を握るのはブッシュでもケリーでもない。アメリカ国民自身である。」と警告を発した。それでもアメリカはブッシュを選んだ。

アメリカ国内でも反ブッシュのマスメディアは多く流れた。マイケル・ムーア監督が作った「華氏911」はアメリカ国内でも世界各国でも上映された。ブッシュ・チェイニー政権が石油利権を拡大するために、イラクに民主化を植え付ける名目の元に、いかに多くの無知な兵士が戦場に送られ命を落としたかを克明を追ったドキュメンタリー映画である。多くのアメリカ人がこの映画を見たはずだった。それもアメリカはブッシュを選んだ。

10月下旬に多くのアメリカ国民が目にしたテレビ広告があった。ケリー陣営が流した広告ではない。ボランタリーの団体が自分達でお金を払って流したメッセージであった。

イラクから帰った青年がテレビに現れて独り言を言う。「テロリストと関係があると言われてイラクに行った」「だが、イラクはテロリストと関係がなかった」。「大量破壊兵器があると言われてイラクに行った」「だが、大量破壊兵器はなかった」。「すぐに帰れるよと言われてイラクに行った」「だが、多くの兵士が帰れなかった」。そして青年は右手の義手をはずした。カメラが手首のなくなった青年の右手を大写しにした。「そして、私の右手もなくなった」。青年は立ち上がって画面から消えた。身につまされるテレビ広告であった。イラク戦争の大義のなさ、それに駆り出されて死傷した兵士の深く静かな怒りを表わしていた。

争点はイラク戦争だけではなかった。職の国外流失、医療制度の拡充、巨額の財政赤字といった経済問題も大きな争点であった。こうした事態を引き起こしたブッシュ政権を民主党は激しく攻撃した。同性結婚や妊娠中絶の合法化は投票者個人の宗教観・価値観で大きく賛否が分かれる争点であった。ブッシュは自分の価値観に合わないと最後まで反対した。

これら諸点を巡ってアメリカの国民は真二つに分かれた。では、充分な討議がなされたのか。否。「何故アメリカはこんなにアラブのテロリストから狙われる国になったのか。どうすればテロリストの更なる出現を防げるのか。アメリカの外交はこれでよいのか。テロリストがアメリカを攻撃しないようにするにはどうすればよいのか。力の行使だけでよいのか。」こうした論点が真剣に議論された形跡はない。

それだけではない。両候補者の演説は低次元に終始した。「戦争をするのにどちらの候補者が適材か。ケリーは意見をくるくる変える信念のない男である。こんな男が大統領になってアメリカは戦争を戦えるのか。私は毎日朝起きて神に祈っている。テロリストは一人残らず捕まえる。国民の安全を守るのが私の信念である。」ブッシュの演説には、ケリーへの個人攻撃と並んで、自分の価値観を表に出したものが多かった。だから、両者が公開討論するとケリー候補のほうが光った。だが、街頭演説となるとブッシュの演説は分かりやすく、単純で、力強かった。

投票率は68%と今までにない高い比率であった。いままで選挙に無関心であった人たちが今回は選挙期日の直前に選挙登録して投票に参加した。テレビ各局は、これらの人々は非白人で貧しい人々が多く民主党に有利と報道した。多くの投票者調査もケリーとブッシュは互角としていた。イラクでの戦闘状況を毎日報道してきたジャーナリズム業界の人には、民主党支持者が多かった。開票が進むにつれ真っ青になってきた。駆け込み組の多くはブッシュに投票していたのだ。共和党の圧勝は全く予想していなかった。

全米地図を両候補者の支持州毎に色分けしてみると、ケリー支持州は北東部と西部を結ぶ細い帯で、ブッシュ支持州はアメリカの中心部から南にかけて大きく広がっている。地図で見ると面積の8割に達している。ケリー支持州は、アメリカの中でも先進国と言われる州で、教育程度も高く、所得水準も高い州である。インテリ層が多く考え方もリベラルで、アメリカの富を多くの人が共有しなければならないと考えている人々である。勿論ブッシュのイラク政策にも反対している。

これに対し、ブッシュ支持州は農業中心の地域で、中南米諸国から移住者が広がりつつある地域である。教育水準も所得水準も総じて低い。この地域に昔から住んでいる白人には保守的な考え方の人が多く、従来から共和党を支持している。ブッシュ支持州とケリー支持州の境界線に位置するのが、両勢力が拮抗するオハイオ、ペンシルバニア等の州である。フロリダ州は北東部からの移住者とキューバからの移住者が混在する州である。ブッシュ、ケリー共にこうした州に足繁く通って選挙戦を展開した。ブッシュがこうした州を押さえたのが勝利の原因である。

有権者の投票の判断基準は何だったのか。さっそく選挙結果の分析が始まっている。その中で出てきた言葉は“モラル・バリュー”(道徳的価値観)である。耳慣れない言葉である。その上に極めて抽象的な言葉でもある。同性結婚、妊娠中絶に反対することも含むし、信念を持っている人物であるか、宗教心を持った人物であるか、一旦決めたことを完遂できる人物であるか等の価値基準が含まれるという。“モラル・バリュー”がイラク戦争の是非よりも重視された最大の判断基準であったと言う。イラク戦争には反対でも、同性結婚は絶対に許せない人はブッシュに投票をした。ブッシュの戦略はまんまと当たった。

また、国民が一旦選んだ大統領を志なかばで引き降ろすのもモラルに反すると言う。もし、これをすれば世界中にアメリカの信念の弱さを見せることになるとの意見も根強かった。だが、これは正しいのだろうか。間違っていると分かったら意見を変えるのは決して恥ずかしいことではない。反省は弱さの象徴ではないはずである。

第二次世界大戦での日本の経験と較べてみよう。日本は大東亜共栄圏と言う壮大な夢を見て戦争に突っ込んでいった。これはイスラム教諸国を民主化する壮大な構想でイラク戦争に突っ込んでいった米国とよく似ている。昭和20年3月に東京が大空襲になっても政策を変えなかった。降伏したのは5ヶ月後である。その間に、沖縄、広島、長崎で多くの人命が失われた。弱さを見せることを拒めば、大きな犠牲が起きることを歴史は教えている。

世界の警告を無視して保守に徹する決断を下したアメリカ国民。客観的な状況判断よりは、信条を優先させてしまったアメリカ国民。民主党の落胆は大きい。世界の落胆も大きい。ブッシュもケリーも国民の間で生じてしまった亀裂を修復する努力が必要と選挙後の演説で述べている。ブッシュは当選後の演説でも、アメリカと世界の間に生じてしまった亀裂には全く触れなかった。この国はこれから4年間、引き続き世界を無視し続けるのだろうか。


カリフォルニア州メンロパーク市にて
安藤 茂彌
日経ネット・企業・コラム・海外VBトレンドに掲載(2004年11月12日)

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