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女の回帰、男の回帰

最近、アメリカの公立ハイスクールで女子高が増えていると言う。その増え方も年間に1200校と急ピッチである。これは意外な情報であった。男女の区別をしないことを絶対の価値としてきた国であると考えてきたからである。なぜこうなるのか。女学生も両親もこれを望んでいるからだと言う。女学生はこう言う。「男子がいないと落ち着いて勉強に専念できる。」政府の方針はどうなのか。この方式はハイスクールの学力向上を目指す米国政府の方針にも沿っていると教育関係者は説明する。

女性が男性と同等に扱われることに、この国は努力してきたはずであった。いつの間にか両性を区別するようになってしまった。この国の男と女の関係は最近どうなっているのだろうか。アメリカに住んで8年間になるが、この間に“ウーマンリブ”などという言葉を聞いたことがない。セクハラ訴訟を時々耳にするが、常に女性が勝つとは限らない。筆者が20年以上前に住んでいたアメリカは変わってしまったようである。

これに対し今、世間を賑わせているのは同性婚である。むかし、同性愛の流行った時代があった。今は、男同士の結婚、女同士の結婚である。各州に大きな権限が認められているアメリカでは、リベラルな考え方を持つ州がこれを認めるのではないかとの憶測から、カリフォルニア州とマサチューセッツ州政府に同性婚の婚姻届を提出する長蛇の列ができた。しかし、これは結婚の概念を根本から覆すもので、憲法の改正が必要と主張する保守的な意見も根強い。

シリコンバレーで活躍する女性は多い。ヒューレットパッカードの社長、イーベイの社長がその代表格である。では、この地で女性は、皆社長を目指しているのであろうか。あるベンチャーキャピタル会社の女性キャピタリストが女性だけの会合に出席して、如何にしてシリコンバレーで成功するかについて熱弁を振るった。聴衆から出てきた質問は、「貴方は何故そこまで仕事にかけるのか。私たちは幸せな結婚をして家族を持つことこそが、幸せであると考えている。」という反論だった。彼女は聴衆にがっかりしたと述べている。

女性が男と同じ権利を主張した時代は終わり、女性が女性としての幸せを模索する時代がやってきたのだろうか。シリコンバレーでは、ベンチャー企業の社長として活躍してきた女性が40歳に近づくと、急に子供を作る傾向がある。20歳台の女性は、一時期よりは早めに家庭に入ってしまう女性が増えているような気がする。若い世代で活躍している女性ベンチャー起業家は最近少なくなった。

ところが、女性が女性本来の幸せを阻害する事件が起きている。妊婦が夫によって殺される事件が相次いで起き、テレビを賑わせている。そのうち一件は、シリコンバレーの近くで起きている。2002年のクリスマスイブに、Scott Petersonの妻で妊娠八ヶ月の妻Laci Petersonが突然行方不明になった。それから3ヵ月後にサンフランシスコ市のすぐ北にあるBerkeleyの海岸に胎児と女性のバラバラ死体が打ち上げられた。それから一ヵ月後に夫が逮捕された。胎児は7週間を超えると人間として扱われ、一度に二人を殺害した二重殺害事件として死刑が求刑される見通しである。Scott Petersonは、罪を否認して未だに係争が続いている。

そうした中で、今年7月にユタ州のSalt Lake Cityで別の殺人事件が発生した。妊娠5週間のLori Hackingが夫のMark Hackingに殺され、近隣のごみ埋立地でバラバラ死体となって発見された。夫が殺害を自供しており、このケースは早晩判決が下されるといわれている。Laci PetersonもLori Hackingも共に27歳の専業主婦である。Scott PetersonとMark Hackingは共に28歳で、Scottは肥料のセールスマンとして職があるが、Markは失業中である。

現在各方面で、妊婦の死因に関する調査結果が発表されている。妊婦の死亡原因の2割が夫による殺人であるとの報告もある。その報告書は事件の背景を次のように分析している。「妻の妊娠は、夫にとって人生を大きく変えるイベントである。重い経済的負担が一生を通じて夫にのしかかる。離婚してもその責任から逃れられない。子供の養育義務、慰謝料の支払は一生ついて回る。世の男性はこうした負担に耐えられなくなっているのだ。」

大統領選挙の演説の中で、アメリカ人の平均実質賃金は過去30年間下がりつづけているとの統計が公表されて注目を集めている。インターネットバブルが弾けた2000年以降多くのサラリーマンがレイオフされた。再就職をできた人でも給料は下がった人が多い。その上、職の数自体が減少している。インターネットが発達して不要となった職種は多いし、インド等低賃金国へ流出してしまった職もある。少なくなった職を巡って、多くの男女が殺到する。

女が専業主婦になって回帰しようとしても、男は以前の豊な社会での男に回帰できない。女性の旧来の女への回帰は、旧来の男へ回帰できない男性を一層追い詰めているように見える。これがこうした悲劇を生む原因となっているのではないだろうか。もはや男女ともに元の世界へは戻れないのだ。

では、どうすれば良いのだろうか。共働きを前提とした新しい夫婦関係を作っていく以外に方法はない。最近、弁護士をやっていたアメリカ人の友人が廃業した。夫婦共働きをしていたが、小学生になった娘二人を世話するためには、どちらかが家庭に入る必要がでてきた。収入が多く安定した職業を持っていた妻が働きつづけることになり、夫が主夫業に専念することになった。専業主夫になるのに、今までのビジネス関係を整理する方が良いと考え、私のところにも契約打ち切りを伝えてきた。

日本でもジェンダーフリー教育が進められている。だが、先輩国のアメリカではいま、それぞれのジェンダーに縮こまる現象が見られるようになった。そして昔のジェンダーに戻ろうとする試みは悲劇を生んでいる。新たな夫婦間の分業に成功した家族だけが、辛うじて持ちこたえている。だが、これも経済的な裏づけがあっての話である。

賃金が下がる世の中はアメリカだけではない。日本でも同じ現象が起きている。企業と個人の関係が自由になればなるほど、賃金は下がる。こうした問題を夫婦二人だけで解決していくのは容易ではない。核家族の放棄が必要なのか。これはできるのか。少なくともアメリカでは、核家族の放棄に向かう気配はない。個人主義が徹底しているこの国で、それは昔の時代に遡ることを意味する。

ある年配の日本人は、ギョッとすることを言い放った。「一夫一婦制に固執するから、こういうことが起きるのだ。日本では一夫一婦制を導入してまだ60年足らずだ。昔に戻ればよいのだ。」だが、個人主義が浸透しつつある日本で、ここまで昔に戻れるのか。アメリカでこんなことを言うと、危険分子と見なされる。「アラブ諸国のようになれというのか」と猛反発を食らうことは必至である。アラブ諸国に民主主義と自由主義を広めようと戦争まで起こしている国である。

だが、冷静に見てみよう。人々の暮らしが貧しくなると、集団自衛しなければならなくなる。企業と個人との関係が自由になればなるほど、個人は貧困から身を守るために集団自衛をしなければならなくなる。これは日米共通の課題である。それは時代を遡ることを意味するのか。否。どんなに世の中が個人主義になろうとも、個人が一人一人ではそれほど強くないことを再認識する必要がある。個人が自分の弱さに気がつくときに、次の時代を生き抜く知恵が生まれてくるのではないだろうか。


カリフォルニア州メンロパーク市にて
安藤 茂彌
日経ネット・企業・コラム・海外VBトレンドに掲載(2004年10月12日)

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