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ハーバード大学に合格したウェイトレス
パロアルト市はスタンフォード大学がある町として知られる。その目抜き通りから一本入った裏通りに"時代屋"という日本料理屋がある。決して高級レストランとは言えず、むしろ居酒屋に近い。赤チョウチンを連想させるネオンサインが夜の町に引き立つ。お客にはスタンフォードの関係者が多い。在学生のみならず、日本から客員資格で短期滞在している研究者が頭を休めるところでもある。ビジネススクールの学生がグループで来ることもある。
そこでウェイトレスをしているA子さんは日本で地方の高校を卒業して、米国のコミュニティカレッジ(公立の短大)に数年通っている20代後半の女性である。米国のコミュニティカレッジには入学試験はない。応募すれば誰でも入れる。生活費を稼ぐために昼間は店員をやり夜間にはウェイトレスをやっている。授業の合間を縫ってアルバイトに忙しい毎日である。
その彼女が4年制の大学の3年に編入する試験を受けた。コミュニティカレッジの先生のアドバイスに従って一流大学ばかりに願書を出した。最初に合格通知がきたのは名門大学として有名なハーバード大学からであった。その後他の一流大学からも続々と合格通知がきた。
なぜ受かったのかを聞いてみた。彼女曰く「アメリカの大学入学共通試験はやさしい。数学は中学生のレベルだし、英語ができれば簡単簡単。」確かに英語はうまい。だが、合格通知をもらったものの素直に喜べない。私立大学の授業料が高いからである。授業料だけで年間に4百万円近くかかる。これに寮費、生活費を加えると1年間に最低6百万円はかかる。二年間で12百万円にもなる。これだけ支払う資力は彼女にも実家にもない。奨学金は出ないので自分で借金をするしかない。
彼女の身の振り方を巡って"時代屋"の常連客の間で喧喧諤諤の議論が起こった。こんな機会はまたとないのだから当然行くべしとする積極論。難しい科目を避けて単位を取っていけば卒業はそんなに難しくないと入れ知恵する人達。ハーバードを卒業してしまえば、就職にも有利だし、その程度の借金はなんとかなるとする楽観論。しかし、彼女は経済面を心配している。受かっても本当に卒業できるのか。卒業できなければ巨額の借金が残るだけだ。
"時代屋"には以前にもハーバードの卒業生がウェイトレスとして働いていた。不思議なレストランである。ハーバード経営学大学院でMBAを取ったB子さんである。彼女は日本の私立大学を卒業して10年ほど日本の証券会社に勤めた後、一念発起しての私費でMBAを取得した30代後半の女性である。多額の借金を抱えていた。MBA取得後、米国東海岸で金融機関への就職活動を行ったが、うまく行かなかった。東海岸での就職を諦めてシリコンバレーに職探しにきたのである。
文科系の外国人がシリコンバレーで職を見つけることは難しい。理工系でもITバブル破裂後には就職が難しかったところである。それでもなんとか中小コンサルタント会社に採用された。給料は高くなかった。その後健康を壊し一年間療養生活を送った後、ビザが失効したので日本へ帰国することになった。
日本人女性にとって、アメリカの一流大学へ進学できるのは夢のような話である。だが、なぜ日本人女性は入りやすいのだろうか。これにはアメリカ特有の事情がある。男女平等と人種問題である。
アメリカは自由・平等の国である。この平等は機会の平等を意味し、結果の平等を保証するものではない。結果は個人の努力によって当然のことながら変わってくる。だが、機会は平等に与えられなければならない。
教育機会の平等でも厳格に実現しようとしたら、大学は男女同数を入学させなければならないし、人種別の人口構成比で入学人数を調整しなければならない。アメリカでもそこまでの平等は実現できていない。人種によって知能は異なると言われているし、親の教育への熱意も異なる。一流の大学になればなるほど授業料は高い。親の資力も必要になる。
現実には多くの障害があるのも拘わらず、多くの大学では男女同数、人種人口比に一歩でも近づくように努力をしている。伝統的なアイビーリーグの大学も例外ではない。男女平等を実現するために、入学人数で極力男女同数に近づけようと努める。その結果女性の入学最低ラインが男性より低くなる。
この国では白人以外をマイノリティー(少数人種)と呼ぶ。白人人口は75%なので、非白人は25%もいる。日本人は日本ではマジョリティーであるが、この国に来るとマイノリティーに分類されてしまう。マイノリティーの人たちへの入学許可に配慮している大学は多い。ただどこまで優遇するかは、大学によって異なる。この結果、マイノリティーの合格最低ラインは白人よりも低くなる。日本人女性は、女性であることとマイノリティーであることで、二重の得をしているのである。
こうした大学のポリシーに対する批判もある。白人の若い人たちが、奨学金が非白人に優先的に配分されるのは不平等であると、抗議のデモをハーバード大学の構内でやっているのをテレビで見たことがある。人種逆差別であると言うのである。しかし男女平等がけしからんと言うデモは見たことがない。
大学が平等主義、或いは、マイノリティー優遇方針に基づいて入学者を決めるのと同様に、企業も採用にあたって人種、性別によって差別してはならないと法律で決められている。これを守らないと企業は訴えられてしまうのである。
だが同時に、この国は学歴主義の国でもある。学士と修士では給料水準が違うし、同じMBAでも出身校によって差がある。こうした要素が絡んでくるので、企業の採用レベルでの性別・人種による保護は教育機関よりも見えにくい。
男女平等を標榜するアメリカでも、女性の昇進・昇給が男性に比べて遅い実態はまだ存在する。目に見えないところに昇進・昇給の限界が存在することを比喩して"ガラスの天井"と呼ぶ。その上が透けて見えているのになぜか到達できないことを指す。
でも米国企業は日本企業よりははるかに男女平等の意識が高い。特にシリコンバレーには、著名企業のトップに女性経営者がいる。ヒューレットパッカードのカーリー・フィオリーナ社長、イーベイのメグ・ウイットマン社長がその代表選手である。
A子さんは悩んだ末にハーバード大学3年生に編入手続きはするものの、一年間休学する道を選んだ。その間に学費・生活費を作る作戦である。B子さんは日本に帰国後,MBAを生かして自分の会社を作る決心をした。アメリカで平等の空気を吸い込んだ女性は、旧来型の日本企業に戻ることはない。新しい職業人として自分を確立する道を選ぶ。その道は何か。それは日本の伝統的企業風土から生まれて、日本人女性によってアメリカから逆輸入された新型の"外圧"である。
カリフォルニア州メンロパーク市にて
安藤 茂彌
日経ネット・企業・コラム・海外VBトレンドに掲載(2004年5月17日)
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