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バックナンバー 今月のコラム
豊さの実感

日本では年金改革論議が花盛りである。国民年金も厚生年金も将来本当に支払われるのかに国民の関心が集まっている。日本人の平均寿命が大きく伸び、年寄りが多くなった。一方で、女性一人が生む子供の数は1.3人にまで低下した。こんな状況が続けば、日本の人口がどんどん減り、若い労働人口が縮小し、年金の支払が年々難しくなるのは明らかである。日本の多くの企業で終身雇用が見直される中で、年金まで支払が危ういとなっては、日本人は何を頼りに生きたらよいのだろうか。

健康保険も大幅赤字である。長生きする人が増えたのでこの赤字が止まらない。そのために、自己負担額を増やさざるを得ない。雇用も不安定になり、所得が増えず、年金受領額が細る中で、こうした負担増は将来への不安に拍車をかけている。

こうした国民の不安感を尻目に、小泉首相は他国への支援には大判振る舞いをしている。諸外国に先駆けて米国のイラク戦争資金を50億ドル(5000億円)も支払い、イラクが日本に負っている公的債務41億ドル(4100億円)の放棄にも応じる構えでいる。英国以外の欧州各国は米国から要請されても難色を示している。日本国民を苦しめながら、米国からの要請には寛大である。そんなに日本は金持ちなのであろうか。

日本は、長年にわたって貿易黒字で貯めたお金を豊富に持つ世界最大の債権国である。その規模は数百兆円に上り、その大半をドル資産として持っている。小泉首相は、ドルならば大判振舞できる。だが、その富は日本国民に帰属する。円であれドルであれ、国民の富であることにかわりはない。

他方、米国は経常赤字と財政赤字を外国からの投資で賄う世界最大の債務国である。イラク戦争前には多額の海外民間資金が米国の証券市場に投資され、アメリカ経済を支えた。だが、戦争開始後には海外の投資家は米国への投資を控えるようになった。巨大な戦費を使うアメリカを危ないと見たのである。その結果、米国政府は外国政府へ支援を求めざるを得なくなった。日本政府が、いま米国政府を支えている。自衛隊派遣に優るとも劣らない貢献振りである。

このところ米国財政収支の悪化も著しい。イラクで巨額の戦費を使った上に、減税も実施した。その財源となる国債の発行も膨大な規模にのぼっている。日本は従来から米国債の最大の保有国である。日本政府は、昨年から急激な円高を阻止するために、外為市場に介入してドルの買い支えを続けている。今年度だけで20兆円を超えた。介入で得たドル資金でひたすら米国国債を購入してきた。こうして投資額は更に増え、いまや日本がアメリカ国債の1/3以上を保有するダントツの投資国になってしまった。

この結果、二つの困ったことが起きた。余りに大きすぎて国債を簡単には売れないし、もしこれを売ると一気に円高が加速してしまうのである。これをやっては、今までの介入の意味がなくなる。さりとてアメリカの赤字が近い将来解消する見込みは立たない。言わば不良債権である。介入してもドル安は進み、投資資金は目減りしていく。どうにも身動きが取れなくなってしまった。

為替市場への介入は円高・ドル安の阻止が最大の目的である。だが、円高はそんなに悪いのだろうか。

私の住んでいる町の隣町にパロアルト市がある。スタンフォード大学のある市として知られている。最近ダウンタウンに新しくテレビ専門店が開店した。行ってみると日本製品が7割方占めている。他にあるのは韓国製品だけで、アメリカ製品、欧州製品、中国製品はない。高額なプラズマテレビと液晶テレビが並び、リアプロジェクション・テレビも多数置いてある。円高になれば価格を上げざるを得ない。それでもアメリカの消費者は買うであろう。それ以外の選択肢はないのだから。

自動車も同様の状況にある。この地域で走っている車の8割は、外車である。中でも日本車の台数は多く、半数近くに達する。日本車は安いというイメージはない。高くても良い製品と評判が高い。近くのホンダのディーラーに行ってみると、同じホンダ車でもMade in Japanの製品は、Made in USA製品より遥かに高い。それでも、多くはMade in Japan製品を欲しがる。

最近、トヨタのプリウスを良く見かけるようになった。燃費を節約するハイブリッドカーである。米国の自動車メーカーが開発したハイブリッドカーはまだない。こうしたタイプの車を買おうと思ったら日本車を買うしかない。円高になれば価格を上げざるを得ない。それでも売れるだろう。逆に値上げしないとダンピング容疑をかけられる恐れもある。

日本製品の市場浸透の勢いを見ると、円高を理由に値上げをしても米国民はどんどん買うように思う。円高は輸出にブレーキをかける側面と、輸入品が割安になる側面がある。むしろ懸念されるのは、輸入品が更に安くなることで国内農産品への需要が減ることであろう。だが日本の消費者は多くの一次産品が安くなることで恩恵を受ける。円高を一概に悪いと決め付けることはできない。

アメリカ国民と日本国民のどちらが豊かさを享受しているのだろうか。私のように1年に何回も日本との間を往復しているとついつい比較したくなる。一番違うのはスペースである。日本の25倍ある国土に、たった2倍強の人口しか住んでいない。家は広々と建ててあり、間取りもゆったりとしている。一部の大都市を除いて、マンション住まいは少ない。一戸建がほとんどで、圧倒的に平屋が多い。

食料品を比較すると、総じて日本より安い。家庭の光熱費は余り変わらないが、ガソリン代は日本の半分である。電車・バスの料金も日本より安い。家賃は大都市とその周辺は日本と大差ないが、田舎に行くとがくんと安くなる。要すれば、スペースに関する価格、アメリカが自給自足できる物資は安いのである。

アメリカ国民のほうが日本国民より遥かに多くの豊かさを実感している。だがそれは今、日本からの投資によって支えられている。日本は豊かさを実感できないのみならず、今まで築いた多くの富をアメリカに注ぎ、その富がドル安で急速に目減りしている。しかも、アメリカ国債への投資偏重が、いまでは抜きたくても抜けられないところまで来てしまった。

政府が管理しているドル資産は、永久に手をつけていけない箪笥預金なのだろうか。円であってもドルであっても富は富である。年金が赤字ならば、米国国債を売って穴埋めすればよい。健康保険が赤字ならば、米国国債を売って穴埋めすればよい。こうした議論が何故日本国内で起らないのだろうか。国会もマスコミも富の管理に関する政策を追及しようとしない。これはタブーなのだろうか。

電気店の陳列棚に並ぶ日本製品と、巷を走る日本車を見て日本経済の力強さを誇りに思う。日本が世界最大の債権国であることも誇りに思う。そうでありながら、何故これを日本人の生活の豊かさに結び付けられないのか。何故膨大なドル資産を日本人の不安解消に使えないのか。アメリカ人のゆったりした生活ぶりを目にするたびに、何とも言えない「歯がゆさ」と「もどかしさ」を感じてしまうのである。


カリフォルニア州メンロパーク市にて
安藤 茂彌
日経ネット・ベンチャー・海外トレンドに掲載(2004年2月16日)

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