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アメリカのジョブ戦争
インターネットバブルの崩壊から、まもなく4年が過ぎようとしている。その間にハイテク企業では、何回となく大規模なレイオフが実施された。こうした減量努力が実って、アメリカ経済はようやく回復基調に入りつつある。最近発表される企業決算では増収増益組が多数を占めるようになっている。それにもかかわらず全米の失業率は相変わらず5.7%と高止まっている。景気が回復してもジョブ(職)は一向に増えない。むしろ収縮しているのではないかと言われている。少ないジョブを巡って奪い合いが起きている。
IT化によって多くの職が消えた。電話交換手、受付嬢、タイピスト、書類の整理事務、旅行代理業、映画のスタントマンといった職種が消えた。これらの職種は今後復活することはないだろう。いずれも通信機器、ソフトウェア、インターネットが取って代わったからである。コンピュータ・グラフィック(CG)技術の発達によってスタントマンも要らなくなった。ITが彼らの職を奪ったのである。
だが、ITを推進してきた技術者自身もいま受難の時期を迎えている。今まで米国内で行われてきたITの仕事が、賃金の安いインドに流れ出しているからである。ソフトウェア開発業務を、インターネットを使ってインドにシフトすると、企業は経費を1/5に削減できる。インド人のソフト開発能力には定評があり、これによって質が低下することはない。米国内のコールセンター業務も、インド等の低賃金国に回すと費用の大幅な削減を図れる。こうしたオフショアアウトソーシングは今後ますます加速化する気配にあり、米国のジョブマーケットを更に縮小する要因になる。
インドだけなく中国も槍玉に上がっている。当地のスーパーマーケットに行けば、衣類、玩具から電気製品まで「メイド・イン・チャイナ」が溢れている。米国の2003年の貿易赤字は2002年比大幅に拡大すると予想されているが、その最大の相手国は中国である。しかも対中赤字幅は毎月増加の一途を辿っている。かつて日本が米国の最大の対外赤字国であったが、いまでは中国が日本に取って代わっている。しかも、対中赤字額は対日赤字額の2倍以上になる膨大な規模である。
米国は世界最大の消費国である。だがこの国の人々が消費したがる商品を作る製造業はすでに他国に移っている。家電製品を世界に供給しているのは日本、韓国、中国といったアジアの国々で、米国の家電メーカーはずっと前になくなっている。アメリカ人の雇用がそっくりアジア諸国に移ってしまったのである。
日本は今のところこうした批判に晒されていないが、最近アメリカに赴任する日本人サラリーマンのビザ取得に長時間かかるようになったという話をよく耳にする。後任者を発令してもビザが取れないので、赴任時期が決まらずに苦労している日系企業は多い。長く待たされた挙句にようやくビザを取って入国しようとすると、今度は指紋と顔写真をとられる。赴任者受難の時代である。表向きはテロ対策というが、ビザ発給を渋っている理由の一つには、この国の失業率の高さが影響しているのでないだろうか。
最近ブッシュ大統領が新たな政策を発表した。不法入国者に対し一定の条件でアメリカ滞在を合法化できる道を開こうとするものである。この国には800万人を超える不法入国者がいると言われる。その半分近くがメキシコから国境を越えて密入国してくるヒスパニックと呼ばれる人々である。ほとんど英語ができなくて正規の職にはありつけない貧しい人々である。
中南米から移住してきたヒスパニックは米国内にどれ位いるのだろうか。2000年の国勢調査によると、ヒスパニックの人口は3500万人を超え、黒人人口とほぼ同数で、人口比率にして12%を超える規模に達している。因みにアジア系は4%とはるかに少ない。ヒスパニックは南西部の州に多く居住し、カリフォルニア州、テキサス州、ニューメキシコ州では30%を超えている。白人系アメリカ人の出生率が低いのに対し、ヒスパニックと黒人の出生率は高いので、将来この層の人口比率は高まると見られている。
この政策は、ブッシュ大統領が今年秋の大統領選挙をにらんで、ヒスパニックの票を共和党に引きつけるために打ち出した政策である。この政策が不法入国者を合法化するような「大赦」であるのか、それとも税金を支払っていない不法労働者を「合法化」を「餌」に自己申告させる「あぶり出し政策」なのかははっきりしない。あぶり出した後で、本国に帰還させるか、それとも永住権を与えるかについては、今後条件の細部を詰めるとしている。
大統領は、白人系のアメリカ人がやりたくないようなダーティジョブを、この層に引き続きやってもらうためにはこの政策が必要なのだと力説する。共和党は少なくなったジョブを彼らに渡す必要はない、不法移民はすぐに本国へ帰還させろと主張する。民主党は、不法移民といえどもアメリカ経済の構成員であり、更に踏み込んだ合法化措置が必要であると主張する。いずれにしてもヒスパニックが白人に続く第二位の人口であるために、この層の支持を取り付けることは、民主・共和両党にとって重大な関心事である。
私も実はヒスパニックを雇用している。メキシコ出身の中年姉妹に二週間に一回、部屋の掃除を頼んでいる。彼女らが不法入国者なのか、それとも正規の手続きを踏んだ入国者なのかは聞いていない。よく英語が通じないのである。一回の掃除で80ドル払っている。ちょっと高いなと思ったが、子沢山で生活も苦しいようなので応諾した。だが、支払いは小切手ではなく現金にして欲しいと言う。多分脱税をしているのであろう。
あるとき彼女らが出勤してくるところに、ばったり出くわしたことがある。なんとイギリスの高級車ジャガーに乗って出勤してくるではないか。これには驚いた。ジャガーのような高級車を私は買えない。そのとき以降、彼女らに対する同情心は一気に冷めた。
私はアメリカ市民ではないので選挙権はない。だが、もし選挙権があったらブッシュの政策に賛成するであろうか。もしこの政策が「あぶり出し政策」であるというならば、賛成するであろう。いまシリコンバレーで職が見つからずに苦労している多くの白人系アメリカ人を知っているし、ビザが下りないで困っている多くの日系企業も知っている。その中で、ビザなしで入国し、税金も払わない層が存在することは社会的に不公平と感じるからである。
ITで我々の生活は便利になった。だが、ITは我々の職の一部を奪った。更に、日本、米国、欧州といった高賃金国は、低賃金国の追い上げにあって、自国民の職を確保するのが難しくなっている。日本のように外国人労働者が比較的少ない国では、職の奪い合いが社会問題化することは少ない。しかし米国のような多民族国家であると、深刻な政治問題になる。不法入国者がいると話は更に複雑になる。縮まる労働市場を巡って、アメリカのジョブ戦争はまだまだ続きそうな気配である。
カリフォルニア州メンロパーク市にて
安藤 茂彌
日経ネット・ベンチャー・海外トレンドに掲載(2004年1月19日)
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